教科書補助小6 社会 / 新しい日本、平和な日本へ / 4本中の4本目

沖縄返還(おきなわへんかん)と今(いま)に残(のこ)る課題(かだい)とは?公害(こうがい)・沖縄(おきなわ)の復帰(ふっき)・領土(りょうど)・拉致問題(らちもんだい)・少子高齢化(しょうしこうれいか)をわかりやすく

教科書では:東京書籍「新しい日本、平和な日本へ」の「変化の中の日本」/教育出版「平和で豊かな暮らしを目ざして」の「これからの日本とわたしたち」/日本文教出版「新しい日本へのあゆみ」の「日本と国際社会を取りまく問題」

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  1. 高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)のかげで、水俣病(みなまたびょう)などのが起(お)こりました。国(くに)は1967年(ねん)にをつくり、1971年(ねん)にを置(お)きました。
  2. アメリカが治(おさ)めていた沖縄(おきなわ)は、1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)に日本(にほん)に復帰(ふっき)しました。今(いま)も、日本(にほん)にあるアメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)の約(やく)70%が沖縄県(おきなわけん)にあります。
  3. やをめぐる問題(もんだい)、北朝鮮(きたちょうせん)による、など、日本(にほん)には解決(かいけつ)しなければならない課題(かだい)が残(のこ)っています。
今日(きょう)の問(と)い

豊(ゆた)かになった日本(にほん)には、どのような課題(かだい)が残(のこ)されているのだろう。

読(よ)み終(お)えたら、下(した)の「問(と)いへの答(こた)え」を見(み)る前(まえ)に、自分(じぶん)の言葉(ことば)で答(こた)えてみましょう。

公害(こうがい)が大(おお)きな問題(もんだい)になる

四大公害病(よんだいこうがいびょう)

高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)で、工場(こうじょう)がたくさんつくられました。いっぽうで、工場(こうじょう)の排水(はいすい)やけむりで、川(かわ)や海(うみ)、空気(くうき)がよごれました。

こうして人々(ひとびと)の健康(けんこう)がうばわれるが、各地(かくち)で起(お)こりました。中(なか)でも被害(ひがい)の大(おお)きかった4つを、四大公害病(よんだいこうがいびょう)といいます。

  • 水俣病(みなまたびょう)(熊本県(くまもとけん)):工場(こうじょう)の排水(はいすい)にふくまれた水銀(すいぎん)で、よごれた魚(さかな)や貝(かい)を食(た)べた人(ひと)がかかった。1956年(ねん)に発生(はっせい)が確(たし)かめられた。
  • 新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)(新潟県(にいがたけん)):阿賀野川(あがのがわ)の流域(りゅういき)で、同(おな)じように工場(こうじょう)の排水(はいすい)の水銀(すいぎん)が原因(げんいん)で起(お)こった。
  • 四日市(よっかいち)ぜんそく(三重県(みえけん)):石油化学工場(せきゆかがくこうじょう)のけむりで空気(くうき)がよごれ、ぜんそくなどに苦(くる)しむ人(ひと)がふえた。
  • イタイイタイ病(びょう)(富山県(とやまけん)):神通川(じんづうがわ)の上流(じょうりゅう)の鉱山(こうざん)から流(なが)れ出(で)たカドミウムが原因(げんいん)で、骨(ほね)がもろくなり、はげしく痛(いた)んだ。

国(くに)が対策(たいさく)を進(すす)める

被害(ひがい)を受(う)けた人々(ひとびと)は、原因(げんいん)をつくった会社(かいしゃ)の責任(せきにん)を問(と)いました。公害(こうがい)をなくすことを求(もと)める声(こえ)が、全国(ぜんこく)で高(たか)まりました。

国(くに)は1967年(ねん)に公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)をつくり、公害(こうがい)を防(ふせ)ぐための国(くに)や会社(かいしゃ)などの責任(せきにん)を定(さだ)めました。1971年(ねん)には、環境(かんきょう)を守(まも)る仕事(しごと)をまとめて受(う)け持(も)つ環境庁(かんきょうちょう)(今(いま)の環境省(かんきょうしょう))を置(お)きました。

たて書きで「公害対策基本法をここに公布する。」とあり、天皇の名前と大きな四角い印、「昭和四十二年八月三日」「内閣総理大臣 佐藤栄作」の署名がある公文書
1967年(ねん)8月(はちがつ)3日(みっか)に公布(こうふ)された公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)の原本(げんぽん)。左(ひだり)はしに、当時(とうじ)の首相(しゅしょう)、佐藤栄作(さとうえいさく)の名前(なまえ)があります。公害対策基本法・御署名原本・昭和四十二年・法律第百三十二号(御43245100)出典:国立公文書館デジタルアーカイブ(国立公文書館所蔵)(部分)

高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)のかげで四大公害病(よんだいこうがいびょう)が起(お)こりました。国(くに)は公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)をつくり、環境庁(かんきょうちょう)を置(お)いて対策(たいさく)を進(すす)めました。

沖縄(おきなわ)が日本(にほん)に復帰(ふっき)する

アメリカが治(おさ)めた27年間(ねんかん)

戦争(せんそう)が終(お)わると、沖縄(おきなわ)はアメリカ軍(ぐん)に占領(せんりょう)されました。1952年(ねん)に日本(にほん)が独立(どくりつ)を回復(かいふく)したあとも、沖縄(おきなわ)はアメリカが治(おさ)め続(つづ)けました。

沖縄(おきなわ)では、お金(かね)はアメリカのドルが使(つか)われていました。広(ひろ)い土地(とち)が、アメリカ軍(ぐん)の基地(きち)になりました。

沖縄(おきなわ)の人々(ひとびと)は、日本(にほん)への復帰(ふっき)を求(もと)める運動(うんどう)を続(つづ)けました。日本(にほん)とアメリカの話(はな)し合(あ)いが進(すす)み、1971年(ねん)に、沖縄(おきなわ)を日本(にほん)に返(かえ)す協定(きょうてい)が結(むす)ばれました。

1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)、沖縄県(おきなわけん)の復帰(ふっき)

1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)、沖縄(おきなわ)は日本(にほん)に復帰(ふっき)しました。これを(沖縄(おきなわ)の日本(にほん)復帰(ふっき))といいます。沖縄(おきなわ)は、日本国憲法(にほんこくけんぽう)のもとの沖縄県(おきなわけん)になりました。

舞台の上に「沖縄復帰記念式典」と書かれた幕と日の丸がかかげられ、まん中で白い髪の男性がことばを述べ、左右にスーツの人々がすわっている白黒の写真
1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)、那覇(なは)市民会館(しみんかいかん)で開(ひら)かれた沖縄復帰記念式典(おきなわふっききねんしきてん)。まん中(なか)でことばを述(の)べているのが、沖縄県知事(おきなわけんちじ)になった屋良朝苗(やらちょうびょう)です。日本政府主催沖縄復帰記念式典 那覇市民会館 式辞を述べる屋良朝苗知事 1972年5月15日(琉球政府関係写真資料144)出典:沖縄県公文書館所蔵(部分)

このときの首相(しゅしょう)は佐藤栄作(さとうえいさく)、最初(さいしょ)の沖縄県知事(おきなわけんちじ)は屋良朝苗(やらちょうびょう)です。お金(かね)も、ドルから円(えん)に切(き)りかわりました。

白いかべに取りつけられた、「沖縄県庁」と書かれた横長の看板の白黒の写真
復帰(ふっき)の日(ひ)の沖縄県庁(おきなわけんちょう)の看板(かんばん)。この日(ひ)から、琉球政府(りゅうきゅうせいふ)は沖縄県(おきなわけん)になりました。沖縄県庁看板 1972年5月15日(琉球政府関係写真資料144)出典:沖縄県公文書館所蔵(部分)
「BANK OF THE RYUKYUS」「琉球銀行」の看板がある建物の前に、大勢の人が長い列をつくっている白黒の写真
復帰(ふっき)の前(まえ)の年(とし)(1971年(ねん))、持(も)っているドルの額(がく)を確(たし)かめてもらうため、銀行(ぎんこう)の前(まえ)にならぶ人々(ひとびと)。ドルから円(えん)に切(き)りかえる準備(じゅんび)でした。通貨の個人保有確認作業 ドル差損補償 琉球銀行大道支店前の行列 1971年10月9日(琉球政府関係写真資料141)出典:沖縄県公文書館所蔵(部分)

今(いま)も残(のこ)るアメリカ軍基地(ぐんきち)

復帰(ふっき)したあとも、沖縄(おきなわ)には多(おお)くのアメリカ軍基地(ぐんきち)が残(のこ)りました。日本(にほん)にあるアメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)の面積(めんせき)のうち、約(やく)70%が沖縄県(おきなわけん)にあります。

沖縄県(おきなわけん)の面積(めんせき)は、日本(にほん)全体(ぜんたい)の約(やく)0.6%です。その沖縄県(おきなわけん)の面積(めんせき)の約(やく)8%を、アメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)がしめています。

日本(にほん)にあるアメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)の面積(めんせき)の割合(わりあい)(2026年(ねん)1月(いちがつ)1日(ついたち))(単位(たんい):%)
  1. 沖縄県(おきなわけん)70.3
  2. 青森県(あおもりけん)9.0
  3. 神奈川県(かながわけん)5.6
  4. 東京都(とうきょうと)5.0
  5. 山口県(やまぐちけん)3.3
  6. そのほかの道府県(どうふけん)6.8

合計は約263平方キロメートル。沖縄県の面積(2,282平方キロメートル)は、日本全体の約0.6%。 出典:防衛省「在日米軍施設・区域(専用施設)都道府県別面積」(2026年1月1日現在)、国土地理院「令和8年全国都道府県市区町村別面積調」

基地(きち)の土地(とち)を返(かえ)してもらうことや、基地(きち)のまわりのくらしの問題(もんだい)について、国(くに)と沖縄県(おきなわけん)の話(はな)し合(あ)いが続(つづ)いています。

沖縄(おきなわ)は1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)に日本(にほん)に復帰(ふっき)しました。今(いま)も、アメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)の約(やく)70%が沖縄県(おきなわけん)に集(あつ)まっています。

領土(りょうど)をめぐる問題(もんだい)と拉致問題(らちもんだい)

北方領土(ほっぽうりょうど)と竹島(たけしま)

北海道(ほっかいどう)の東(ひがし)にある歯舞群島(はぼまいぐんとう)・色丹島(しこたんとう)・国後島(くなしりとう)・択捉島(えとろふとう)を北方領土(ほっぽうりょうど)といいます。北方領土(ほっぽうりょうど)は、日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)です。

しかし、1945年(ねん)にソ連(れん)に占領(せんりょう)され、今(いま)もロシアが法的(ほうてき)な根拠(こんきょ)のないまま占拠(せんきょ)しています。日本(にほん)政府(せいふ)は、話(はな)し合(あ)いで島(しま)の問題(もんだい)を解決(かいけつ)し、平和(へいわ)条約(じょうやく)を結(むす)ぶことを目指(めざ)しています。

島根県(しまねけん)の竹島(たけしま)も、日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)です。しかし、韓国(かんこく)が不法(ふほう)に占拠(せんきょ)しています。日本(にほん)は、この問題(もんだい)を平和的(へいわてき)に解決(かいけつ)することを目指(めざ)しています。

沖縄県(おきなわけん)のも日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)で、日本(にほん)が治(おさ)めています。日本(にほん)政府(せいふ)は、解決(かいけつ)しなければならない領有権(りょうゆうけん)の問題(もんだい)はないという立場(たちば)です。

公害(こうがい)病(やまい)が起(お)きた地域(ちいき)と、沖縄(おきなわ)・日本(にほん)の領土(りょうど)

地図(ちず)を読(よ)みこんでいます…

地図(ちず)は、指(ゆび)やマウスで動(うご)かしたり、+・−で拡大(かくだい)・縮小(しゅくしょう)したりできます。印(しるし)か、下(した)の場所(ばしょ)の名前(なまえ)をタップすると、説明(せつめい)が出(で)ます。

  • 熊本県(くまもとけん)。水俣病(みなまたびょう)が起(お)きた地域(ちいき)。工場(こうじょう)の排水(はいすい)にふくまれた水銀(すいぎん)(メチル水銀(すいぎん))でよごれた魚(さかな)や貝(かい)を食(た)べた人(ひと)がかかった。1956年(ねん)5月(ごがつ)1日に(いちにちに)発生(はっせい)が確(たし)かめられた。
  • 新潟県(にいがたけん)。新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)が起(お)きた地域(ちいき)。阿賀野川(あがのがわ)ぞいの工場(こうじょう)から出(で)たメチル水銀(すいぎん)が原因(げんいん)だった。
  • 三重県(みえけん)。四日市(よっかいち)ぜんそくが起(お)きた地域(ちいき)。石油化学(せきゆかがく)コンビナートから出(で)た硫黄酸化物(いおうさんかぶつ)などで空気(くうき)がよごれ、ぜんそくなどに苦(くる)しむ人(ひと)がふえた。
  • 富山県(とやまけん)。イタイイタイ病(びょう)が起(お)きた地域(ちいき)。上流(じょうりゅう)の鉱山(こうざん)から出(で)たカドミウムが川(かわ)や田(た)の土(つち)をよごし、米(こめ)などを通(とお)して体(からだ)に入(はい)った。
  • 沖縄県(おきなわけん)。沖縄県(おきなわけん)の県庁(けんちょう)がある市(し)。1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)、那覇(なは)市民会館(しみんかいかん)で沖縄復帰記念式典(おきなわふっききねんしきてん)が開(ひら)かれた。
  • 北海道(ほっかいどう)。歯舞群島(はぼまいぐんとう)・色丹島(しこたんとう)・国後島(くなしりとう)・択捉島(えとろふとう)。日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)だが、1945年(ねん)にソ連(れん)に占領(せんりょう)され、今(いま)もロシアが占拠(せんきょ)している。印(しるし)は4つの島(しま)のおおよそのまん中(なか)。
  • 島根県(しまねけん)。島根県(しまねけん)隠岐(おき)の島(しま)町(ちょう)に属(ぞく)する島(しま)。日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)だが、韓国(かんこく)が不法(ふほう)に占拠(せんきょ)している。
  • 沖縄県(おきなわけん)。沖縄県石垣市(おきなわけんいしがきし)に属(ぞく)する島々(しまじま)。日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)で、日本(にほん)が治(おさ)めている。

●緑は公害病が起きた地域や沖縄と日本の領土です。印の位置はおおよそです。地図:地理院タイル(国土地理院)

北朝鮮(きたちょうせん)による拉致問題(らちもんだい)

北朝鮮(きたちょうせん)によって、日本(にほん)人(ひと)が連(つ)れ去(さ)られる事件(じけん)が起(お)きていました。これを拉致問題(らちもんだい)といいます。政府(せいふ)は、17人(にん)を拉致(らち)被害者(ひがいしゃ)と認(みと)めています。

2002年(ねん)に5人(にん)が帰国(きこく)しましたが、ほかの人々(ひとびと)の帰国(きこく)はまだ実現(じつげん)していません。政府(せいふ)は、すべての被害者(ひがいしゃ)が一日(いちにち)も早(はや)く帰国(きこく)できるよう、取(と)り組(く)みを続(つづ)けています。

北方領土(ほっぽうりょうど)や竹島(たけしま)をめぐる問題(もんだい)、拉致問題(らちもんだい)など、話(はな)し合(あ)いで解決(かいけつ)しなければならない課題(かだい)が残(のこ)っています。

これからの日本(にほん)の課題(かだい)

今(いま)の日本(にほん)では、生(う)まれる子(こ)どもの数(かず)がへり、お年(とし)よりの割合(わりあい)がふえています。これを少子高齢化(しょうしこうれいか)といいます。

65歳以上(さいいじょう)の人(ひと)の割合(わりあい)は、1970年(ねん)には約(やく)7%でしたが、2026年(ねん)には29.6%になりました。

65歳以上(さいいじょう)の人(ひと)が人口(じんこう)にしめる割合(わりあい)
  1. 4.9%1950年(ねん)
  2. 7.1%1970年(ねん)
  3. 12.1%1990年(ねん)
  4. 23.0%2010年(ねん)
  5. 29.6%2026年(ねん)

2010年までは各年10月1日現在(国勢調査など)、2026年は9月15日現在の推計。 出典:総務省統計局 統計トピックスNo.149「統計からみた我が国の高齢者」(2026年9月)

2011年(ねん)の東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)のように、大(おお)きな自然災害(しぜんさいがい)もくり返(かえ)し起(お)きています。災害(さいがい)にそなえることも、大切(たいせつ)な課題(かだい)です。

こうした課題(かだい)を解決(かいけつ)するために、わたしたち一人(ひとり)ひとりが、地域(ちいき)や社会(しゃかい)のことを考(かんが)えて関(かか)わっていくことが求(もと)められています。

少子高齢化(しょうしこうれいか)や自然災害(しぜんさいがい)への備(そな)えなど、日本(にほん)には新(あたら)しい課題(かだい)もあります。一人(ひとり)ひとりが社会(しゃかい)に関(かか)わることが大切(たいせつ)です。

年(ねん)の流(なが)れでふり返(かえ)る

  1. 1952年(ねん)日本(にほん)が独立(どくりつ)を回復(かいふく)する。沖縄(おきなわ)はアメリカが治(おさ)め続(つづ)ける
  2. 1956年(ねん)水俣病(みなまたびょう)の発生(はっせい)が確(たし)かめられる
  3. 1967年(ねん)公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)ができる
  4. 1971年(ねん)環境庁(かんきょうちょう)ができる。沖縄(おきなわ)を返(かえ)す協定(きょうてい)が結(むす)ばれる
  5. 1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)、沖縄(おきなわ)が日本(にほん)に復帰(ふっき)する
  6. 2002年(ねん)拉致(らち)被害者(ひがいしゃ)のうち5人(にん)が帰国(きこく)する

中学(ちゅうがく)ではここがくわしくなる

中学(ちゅうがく)の歴史(れきし)や公民(こうみん)では、ここで習(なら)ったことを、もう少(すこ)しくわしく学(まな)びます。

小学校(しょうがっこう)中学校(ちゅうがっこう)で加(くわ)わること
公害(こうがい)の対策(たいさく)公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)(1967年(ねん))・環境庁(かんきょうちょう)(1971年(ねん))1970年(ねん)の国会(こっかい)(公害(こうがい)国会(こっかい))で公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)が改(あらた)められ、対策(たいさく)が強(つよ)められた。1993年(ねん)には、環境基本法(かんきょうきほんほう)にまとめられた
沖縄(おきなわ)のアメリカ軍基地(ぐんきち)今(いま)も約(やく)70%が沖縄県(おきなわけん)にある復帰(ふっき)したときの割合(わりあい)は約(やく)58.7%だった。本土(ほんど)で基地(きち)の整理(せいり)・縮小(しゅくしょう)が沖縄(おきなわ)より進(すす)んだため、割合(わりあい)は約(やく)70%に高(たか)まった
アメリカによる統治(とうち)アメリカが沖縄(おきなわ)を治(おさ)めた1952年(ねん)に琉球政府(りゅうきゅうせいふ)ができた。そのしくみは、アメリカが置(お)いた琉球列島米国民政府(りゅうきゅうれっとうべいこくみんせいふ)の強(つよ)い制約(せいやく)の下(した)にあった
拉致問題(らちもんだい)17人(にん)を認定(にんてい)、5人(にん)が帰国(きこく)2002年(ねん)9月(くがつ)の日朝首脳会談(にっちょうしゅのうかいだん)で、北朝鮮(きたちょうせん)は初(はじ)めて拉致(らち)を認(みと)めた

この時代(じだい)の人物(じんぶつ)

太いまゆで、スーツにネクタイの男性
佐藤栄作(さとうえいさく)
1964年(ねん)から1972年(ねん)まで首相(しゅしょう)をつとめた。1965年(ねん)に沖縄(おきなわ)をおとずれた。アメリカと話(はな)し合(あ)いを重(かさ)ね、1972年(ねん)の沖縄(おきなわ)の返還(へんかん)を実現(じつげん)させた。
佐藤栄作(1965年8月、沖縄をおとずれたとき)。出典:沖縄県公文書館所蔵(部分)
めがねをかけ、スーツにしまもようのネクタイをしめ、マイクの前で話す年配の男性
屋良朝苗(やらちょうびょう)
1968年(ねん)、住民(じゅうみん)の選挙(せんきょ)で琉球政府(りゅうきゅうせいふ)の行政主席(ぎょうせいしゅせき)に選(えら)ばれた。沖縄(おきなわ)の日本(にほん)復帰(ふっき)を求(もと)め、1972年(ねん)の復帰(ふっき)で最初(さいしょ)の沖縄県知事(おきなわけんちじ)になった。
屋良朝苗(1972年5月15日、沖縄県庁表札除幕式)。出典:沖縄県公文書館所蔵(部分)

重要(じゅうよう)なところ

沖縄(おきなわ)が日本(にほん)に復帰(ふっき)したのは、1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)です。
日本(にほん)が独立(どくりつ)を回復(かいふく)した1952年(ねん)のあとも、沖縄(おきなわ)はアメリカが治(おさ)め続(つづ)けました。
四大公害病(よんだいこうがいびょう)は、水俣病(みなまたびょう)・新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)・四日市(よっかいち)ぜんそく・イタイイタイ病(びょう)の4つです。
水俣病(みなまたびょう)は熊本県(くまもとけん)、新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)は新潟県(にいがたけん)、四日市(よっかいち)ぜんそくは三重県(みえけん)、イタイイタイ病(びょう)は富山県(とやまけん)で起(お)こりました。
北方領土(ほっぽうりょうど)は、歯舞群島(はぼまいぐんとう)・色丹島(しこたんとう)・国後島(くなしりとう)・択捉島(えとろふとう)の4つの島々(しまじま)です。
どれも日本(にほん)固有(こゆう)の領土(りょうど)で、1945年(ねん)にソ連(れん)に占領(せんりょう)されてから、今(いま)もロシアが法的(ほうてき)な根拠(こんきょ)のないまま占拠(せんきょ)しています。

教科書(きょうかしょ)では、この単元名(たんげんめい)です

  • 東京書籍:「新しい日本、平和な日本へ」の授業「変化の中の日本」
  • 教育出版:「平和で豊かな暮らしを目ざして」の授業「これからの日本とわたしたち」
  • 日本文教出版:「新しい日本へのあゆみ」の授業「日本と国際社会を取りまく問題」

学習指導要領(がくしゅうしどうようりょう)(平成(へいせい)29年告示(ねんこくじ))では

第(だい)6学年(がくねん)の内容(ないよう)(2)ア(サ):日華事変(にっかじへん)(日中戦争(にっちゅうせんそう))、日本(にほん)が関(かか)わった第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)、日本国憲法(にほんこくけんぽう)の制定(せいてい)、オリンピック・パラリンピックの開催(かいさい)などから、戦後(せんご)に民主的(みんしゅてき)な国家(こっか)として出発(しゅっぱつ)し、国民生活(こくみんせいかつ)が向上(こうじょう)して国際社会(こくさいしゃかい)で重要(じゅうよう)な役割(やくわり)を果(は)たしてきたことを理解(りかい)する。(学習指導要領コード 026321B000000)

「新(あたら)しい日本(にほん)、平和(へいわ)な日本(にほん)へ」の授業(じゅぎょう)の順(じゅん)と、ほかの時間(じかん)の解説(かいせつ)へ

たしかめ問題(もんだい)

熊本県(くまもとけん)で、工場(こうじょう)の排水(はいすい)にふくまれた水銀(すいぎん)が原因(げんいん)で起(お)こった公害(こうがい)病(やまい)を何(なん)といいますか。水俣病(みなまたびょう)
三重県(みえけん)で、石油化学工場(せきゆかがくこうじょう)のけむりによる空気(くうき)のよごれから起(お)こった公害(こうがい)病(やまい)を何(なん)といいますか。四日市(よっかいち)ぜんそく
1967年(ねん)につくられた、公害(こうがい)を防(ふせ)ぐための基本(きほん)となる法律(ほうりつ)を何(なん)といいますか。公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)
1971年(ねん)に置(お)かれた、環境(かんきょう)を守(まも)る仕事(しごと)をまとめて受(う)け持(も)つ国(くに)の役所(やくしょ)を何(なん)といいますか。環境庁(かんきょうちょう)
アメリカが治(おさ)めていた沖縄(おきなわ)が日本(にほん)に復帰(ふっき)したのは、何年何月何日(なんねんなんがつなんにち)ですか。1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)
日本(にほん)にあるアメリカ軍(ぐん)の専用(せんよう)の施設(しせつ)の面積(めんせき)のうち、約何(やくなん)%が沖縄県(おきなわけん)にありますか。約(やく)70%
歯舞群島(はぼまいぐんとう)・色丹島(しこたんとう)・国後島(くなしりとう)・択捉島(えとろふとう)をまとめて何(なん)といいますか。北方領土(ほっぽうりょうど)
生(う)まれる子(こ)どもの数(かず)がへり、お年(とし)よりの割合(わりあい)がふえることを何(なん)といいますか。少子高齢化(しょうしこうれいか)
問(と)いへの答(こた)え

高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)のかげで、工場(こうじょう)の排水(はいすい)やけむりによる公害(こうがい)が起(お)こり、水俣病(みなまたびょう)など四大公害病(よんだいこうがいびょう)の被害(ひがい)が出(で)ました。国(くに)は公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)(1967年(ねん))をつくり、環境庁(かんきょうちょう)(1971年(ねん))を置(お)いて対策(たいさく)を進(すす)めました。アメリカが治(おさ)めていた沖縄(おきなわ)は1972年(ねん)5月(ごがつ)15日(じゅうごにち)に日本(にほん)に復帰(ふっき)しましたが、今(いま)も多(おお)くのアメリカ軍基地(ぐんきち)が残(のこ)っています。また、北方領土(ほっぽうりょうど)や竹島(たけしま)をめぐる問題(もんだい)、北朝鮮(きたちょうせん)による拉致問題(らちもんだい)、少子高齢化(しょうしこうれいか)など、解決(かいけつ)しなければならない課題(かだい)があります。

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