小6社会/今に伝わる室町文化
室町文化とは
今日の問い室町時代には、どんな新しい文化が生まれたのだろう。
3行でわかる
- 室町時代、とのころに、新しい文化が花開きました。これを室町文化といいます。
- 今の和室のもとになったが広まり、雪舟がを完成させました。
- 石と砂の庭、やも、このころ広まりました。
室町文化とは―2つの時期
室町時代には、武士の力強さと貴族の文化、中国から伝わった新しい文化がまじりあいました。そこから生まれたのが室町文化です。
室町文化は、おもに2つの時期に分けて見ることができます。
北山の文化
3
代将軍・
足利義満のころ。
金閣や、
能が
代表です。
東山の文化
8
代将軍・
足利義政のころ。
銀閣、
書院造、
水墨画が
代表です。
「北山」「東山」は、将軍が山荘を建てた京都の地名です。義満は北山に金閣を、義政は東山に銀閣をつくりました。
足利義政が東山に建てた銀閣(慈照寺)。100年以上前の写真です。義満の金閣が北山の文化なら、義政の銀閣は東山の文化を代表します。『花洛林泉帖』より銀閣 1910年の写真集出典:国立国会図書館デジタルコレクション
室町文化は、武士・貴族・中国の文化がまじりあって生まれました。義満の北山の文化と、義政の東山の文化があります。
書院造―今の和室のもと
まずは建物から見てみましょう。義政のころに広まった部屋のつくりを書院造といいます。
義政が東山に建てた東求堂の同仁斎という部屋は、書院造の古い例として知られています。
東求堂の中。左に違い棚、右に窓の前の作りつけの机が見えます。[慈照寺]東求堂内部写真(明治〜大正)出典:東京都立中央図書館 木子文庫(部分)
写真は、明治から大正のころにとられた東求堂の中です。左に違い棚、窓の前には作りつけの机が見えます。
書院造の特ちょう
- 部屋いっぱいに、たたみをしきつめる
- かけじくや花をかざる、床の間がある
- 高さのちがう板を組み合わせた、違い棚がある
- 部屋を区切る、障子やふすまがある
どれも、今の和室で見かけるものですね。書院造は、今の和室のもとになりました。
たとえるなら家や祖父母の家に、たたみの部屋はありませんか。そこに床の間があれば、その形は、500年以上前の書院造につながっています。
書院造は、たたみ・床の間・違い棚・障子・ふすまのある部屋のつくりです。今の和室のもとになりました。
水墨画と雪舟
墨だけでえがく絵
つぎは絵です。水墨画とは、墨のこいとうすいだけでえがく絵のことです。色をつけず、墨の濃淡だけで山や川、木々を表します。
水墨画は中国から伝わり、室町時代の禅宗のお寺を中心に広まりました。
水墨画を完成させた雪舟
日本の水墨画を完成させたのが雪舟です。雪舟は室町時代のお坊さんで、絵の名人でした。
1467年に明(中国)にわたり、各地の景色や絵を学びました。
雪舟の「秋冬山水図」のうち秋の絵。墨のこいとうすいだけで、山や木をえがいています。秋冬山水図(秋) 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀末〜16世紀初 国宝出典:ColBase(東京国立博物館)
上の絵は、雪舟の「秋冬山水図」のうち、秋をえがいた絵です。うすい墨の遠くの山と、こい墨の手前の岩や木が、くっきりとえがき分けられています。
水墨画は、墨の濃淡だけでえがく絵です。雪舟が日本の水墨画を完成させました。
石と砂の庭―枯山水
庭にも新しい形が生まれました。水を使わず、石と白い砂で、山や水の流れを表す庭を枯山水といいます。
池に水をたたえた平安時代の庭とくらべると、ずいぶんしずかな庭です。
龍安寺の石庭。白い砂の上に石がおかれています。水は使っていません。『花洛林泉帖』より龍安寺石庭 1910年の写真集出典:国立国会図書館デジタルコレクション
京都の龍安寺の石庭が、枯山水の庭としてとても有名です。写真は、100年以上前に出された写真集のものです。ただ、この石庭をだれがいつ作ったのかは、はっきりとはわかっていません。
枯山水は、水を使わず、石と砂で山や水の流れを表す庭です。
茶の湯と生け花
わび茶
お茶を飲む茶の湯も広まりました。村田珠光が始めた「わび茶」は、のちに千利休に受けつがれます。
わび茶は、かざらない、しずかな心を大切にする茶の湯です。今の茶道につながっています。
茶の湯で使われた黒い茶碗。かざらない美しさをもっています。黒楽茶碗 銘むかし咄 長次郎 安土桃山時代(室町時代のあと)出典:ColBase(東京国立博物館)(部分)
この茶碗は、利休のころに作られたものです。室町時代のあとの時代ですが、わび茶の心がよくあらわれています。
床の間をかざる生け花
書院造の床の間に花をかざる生け花も、このころ広まりました。下の絵は、室町時代の花の本にえがかれた、部屋のかざりです。
室町時代の花の本(花伝書)にえがかれた部屋のかざり。かけじくの前に、花がいけられています。文阿弥花伝書残巻 文鏡筆 室町時代・永禄2年(1559)出典:ColBase(九州国立博物館)
茶の湯(わび茶)と生け花も、室町時代に広まり、今の茶道や生け花につながっています。
まとめ―室町時代に生まれた新しい文化
今日の問いの答えをまとめます。室町時代には、次のような新しい文化が生まれました。
- 書院造:たたみ・床の間・違い棚・障子・ふすま。今の和室のもと
- 水墨画:墨の濃淡だけでえがく絵。雪舟が完成させた
- 枯山水:石と砂で山や水を表す庭。龍安寺の石庭が有名
- 茶の湯:村田珠光が始めたわび茶。今の茶道につながる
- 生け花:書院造の床の間をかざる花
どれも、今の日本の伝統文化につながっています。
能や狂言、祭り、食べ物など、くらしに続くものは、次の「今に続く室町のくらし」で学びます。
この時代の人物
足足利義満
室町幕府の3代将軍。北山に金閣を建てた。

足利義政
室町幕府の8代将軍。東山に銀閣を建てた。東求堂の同仁斎は書院造の古い例。

雪舟
室町時代のお坊さんで絵の名人。明にわたって学び、日本の水墨画を完成させた。
村村田珠光
茶の湯の「わび茶」を始めた人。のちに千利休に受けつがれた。
重要なところ
水墨画を完成させたのは雪舟です。
墨のこいとうすいだけで描く絵です。明にわたって学んだことも、いっしょに覚えましょう。
金閣を建てたのは足利義満(北山の文化)、銀閣を建てたのは足利義政(東山の文化)です。
「金→義満→北山」「銀→義政→東山」と組で覚えましょう。
書院造は、たたみ・床の間・違い棚・障子・ふすまのある部屋のつくりで、今の和室のもとになりました。
平安時代の貴族のやしきは、書院造ではなく寝殿造です。時代ごとに分けて覚えましょう。
たしかめ問題1/5
たたみや床の間のある、今の和室のもとになった部屋のつくりを何といいますか。
たしかめ問題2/5
明にわたって学び、日本の水墨画を完成させたのはだれですか。
たしかめ問題3/5
水を使わず、石と白い砂で山や水の流れを表す庭を何といいますか。
たしかめ問題4/5
村田珠光が始めた、かざらない、しずかな心を大切にする茶の湯を何といいますか。
たしかめ問題5/5
金閣を建てた将軍と、銀閣を建てた将軍はそれぞれだれですか。
金閣は足利義満、銀閣は足利義政
問いへの答え
室町時代には、どんな新しい文化が生まれたのだろう。
武士・貴族・中国の文化がまじりあい、新しい文化が生まれました。たたみや床の間のある書院造は、今の和室のもとになりました。雪舟は、墨の濃淡だけでえがく水墨画を完成させました。石と砂で山や水を表す枯山水の庭、わび茶の茶の湯、床の間をかざる生け花も広まり、今の茶道や生け花につながっています。
画像の出典
- 『花洛林泉帖』より銀閣 1910年の写真集(国立国会図書館デジタルコレクション)
- [慈照寺]東求堂内部写真(明治〜大正)(東京都立中央図書館 木子文庫)
- 秋冬山水図(秋) 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀末〜16世紀初 国宝(ColBase(東京国立博物館))
- 『花洛林泉帖』より龍安寺石庭 1910年の写真集(国立国会図書館デジタルコレクション)
- 黒楽茶碗 銘むかし咄 長次郎 安土桃山時代(室町時代のあと)(ColBase(東京国立博物館))
- 文阿弥花伝書残巻 文鏡筆 室町時代・永禄2年(1559)(ColBase(九州国立博物館))
- 伝足利義政像 伝土佐光信筆 室町時代・15世紀(ColBase(東京国立博物館))
- 雪舟画像 徳力善雪筆 江戸時代・17世紀(雪舟が自分を描いた絵を写したもの)(ColBase(東京国立博物館))