教科書補助小6 社会 / 今に伝わる室町文化 / 3本中の2本目

室町文化(むろまちぶんか)とは?書院造(しょいんづくり)・水墨画(すいぼくが)・枯山水(かれさんすい)・茶(ちゃ)の湯(ゆ)・生(い)け花(ばな)をわかりやすく

教科書では:東京書籍「今に伝わる室町文化」の「新しい文化が生まれる」/教育出版「室町文化と力をつける人々」の「簡素で静かな美しさ」/日本文教出版「今に伝わる室町の文化と人々のくらし」の「今に伝わる室町文化」

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  1. 室町時代(むろまちじだい)、とのころに、新(あたら)しい文化(ぶんか)が花開(はなひら)きました。これを室町文化(むろまちぶんか)といいます。
  2. 今(いま)の和室(わしつ)のもとになったが広(ひろ)まり、雪舟(せっしゅう)がを完成(かんせい)させました。
  3. 石(いし)と砂(すな)の庭(にわ)、やも、このころ広(ひろ)まりました。
今日(きょう)の問(と)い

室町時代(むろまちじだい)には、どんな新(あたら)しい文化(ぶんか)が生(う)まれたのだろう。

読(よ)み終(お)えたら、下(した)の「問(と)いへの答(こた)え」を見(み)る前(まえ)に、自分(じぶん)の言葉(ことば)で答(こた)えてみましょう。

室町文化(むろまちぶんか)とは―2つの時期(じき)

室町時代(むろまちじだい)には、武士(ぶし)の力強(ちからづよ)さと貴族(きぞく)の文化(ぶんか)、中国(ちゅうごく)から伝(つた)わった新(あたら)しい文化(ぶんか)がまじりあいました。そこから生(う)まれたのが室町文化(むろまちぶんか)です。

室町文化(むろまちぶんか)は、おもに2つの時期(じき)に分(わ)けて見(み)ることができます。

北山(きたやま)の文化(ぶんか)
3代将軍(だいしょうぐん)・足利義満(あしかがよしみつ)のころ。金閣(きんかく)や、能(のう)が代表(だいひょう)です。
東山(ひがしやま)の文化(ぶんか)
8代将軍(だいしょうぐん)・足利義政(あしかがよしまさ)のころ。銀閣(ぎんかく)、書院造(しょいんづくり)、水墨画(すいぼくが)が代表(だいひょう)です。

「北山(きたやま)」「東山(ひがしやま)」は、将軍(しょうぐん)が山荘(さんそう)を建(た)てた京都(きょうと)の地名(ちめい)です。義満(よしみつ)は北山(きたやま)に金閣(きんかく)を、義政(よしまさ)は東山(ひがしやま)に銀閣(ぎんかく)をつくりました。

木々や庭にかこまれた、二階建ての古い建物の白黒写真
足利義政(あしかがよしまさ)が東山(ひがしやま)に建(た)てた銀閣(ぎんかく)(慈照寺(じしょうじ))。100年以上前(ねんいじょうまえ)の写真(しゃしん)です。義満(よしみつ)の金閣(きんかく)が北山(きたやま)の文化(ぶんか)なら、義政(よしまさ)の銀閣(ぎんかく)は東山(ひがしやま)の文化(ぶんか)を代表(だいひょう)します。『花洛林泉帖』より銀閣 1910年の写真集出典:国立国会図書館デジタルコレクション

室町文化(むろまちぶんか)は、武士(ぶし)・貴族(きぞく)・中国(ちゅうごく)の文化(ぶんか)がまじりあって生(う)まれました。義満(よしみつ)の北山(きたやま)の文化(ぶんか)と、義政(よしまさ)の東山(ひがしやま)の文化(ぶんか)があります。

書院造(しょいんづくり)―今(いま)の和室(わしつ)のもと

まずは建物(たてもの)から見(み)てみましょう。義政(よしまさ)のころに広(ひろ)まった部屋(へや)のつくりを書院造(しょいんづくり)といいます。

義政(よしまさ)が東山(ひがしやま)に建(た)てた東求堂(とうぐどう)の同仁斎(どうじんさい)という部屋(へや)は、書院造(しょいんづくり)の古(ふる)い例(れい)として知(し)られています。

たたみの部屋の左に棚が組まれ、その右に窓の前の作りつけの机がある、白黒写真
東求堂(とうぐどう)の中(なか)。左(ひだり)に違(ちが)い棚(だな)、右(みぎ)に窓(まど)の前(まえ)の作(つく)りつけの机(つくえ)が見(み)えます。[慈照寺]東求堂内部写真(明治〜大正)出典:東京都立中央図書館 木子文庫(部分)

写真(しゃしん)は、明治(めいじ)から大正(たいしょう)のころにとられた東求堂(とうぐどう)の中(なか)です。左(ひだり)に違(ちが)い棚(だな)、窓(まど)の前(まえ)には作(つく)りつけの机(つくえ)が見(み)えます。

書院造(しょいんづくり)の特(とく)ちょう

  1. 部屋(へや)いっぱいに、たたみをしきつめる
  2. かけじくや花(はな)をかざる、床(とこ)の間(ま)がある
  3. 高(たか)さのちがう板(いた)を組(く)み合(あ)わせた、違(ちが)い棚(だな)がある
  4. 部屋(へや)を区切(くぎ)る、障子(しょうじ)やふすまがある

どれも、今(いま)の和室(わしつ)で見(み)かけるものですね。書院造(しょいんづくり)は、今(いま)の和室(わしつ)のもとになりました。

たとえるなら家(いえ)や祖父母(そふぼ)の家(いえ)に、たたみの部屋(へや)はありませんか。そこに床(とこ)の間(ま)があれば、その形(かたち)は、500年以上前(ねんいじょうまえ)の書院造(しょいんづくり)につながっています。

書院造(しょいんづくり)は、たたみ・床(とこ)の間(ま)・違(ちが)い棚(だな)・障子(しょうじ)・ふすまのある部屋(へや)のつくりです。今(いま)の和室(わしつ)のもとになりました。

水墨画(すいぼくが)と雪舟(せっしゅう)

墨(すみ)だけでえがく絵(え)

つぎは絵(え)です。水墨画(すいぼくが)とは、墨(すみ)のこいとうすいだけでえがく絵(え)のことです。色(いろ)をつけず、墨(すみ)の濃淡(のうたん)だけで山(やま)や川(かわ)、木々(きぎ)を表(あらわ)します。

水墨画(すいぼくが)は中国(ちゅうごく)から伝(つた)わり、室町時代(むろまちじだい)の禅宗(ぜんしゅう)のお寺(てら)を中心(ちゅうしん)に広(ひろ)まりました。

水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させた雪舟(せっしゅう)

日本(にほん)の水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させたのが雪舟(せっしゅう)です。雪舟(せっしゅう)は室町時代(むろまちじだい)のお坊(ぼう)さんで、絵(え)の名人(めいじん)でした。

1467年(ねん)に明(みん)(中国(ちゅうごく))にわたり、各地(かくち)の景色(けしき)や絵(え)を学(まな)びました。

墨でえがかれた山や岩、木々の間に、屋根のある建物が見える水墨画
雪舟(せっしゅう)の「秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)」のうち秋(あき)の絵(え)。墨(すみ)のこいとうすいだけで、山(やま)や木(き)をえがいています。秋冬山水図(秋) 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀末〜16世紀初 国宝出典:ColBase(東京国立博物館)

上(うえ)の絵(え)は、雪舟(せっしゅう)の「秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)」のうち、秋(あき)をえがいた絵(え)です。うすい墨(すみ)の遠(とお)くの山(やま)と、こい墨(すみ)の手前(てまえ)の岩(いわ)や木(き)が、くっきりとえがき分(わ)けられています。

水墨画(すいぼくが)は、墨(すみ)の濃淡(のうたん)だけでえがく絵(え)です。雪舟(せっしゅう)が日本(にほん)の水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させました。

石(いし)と砂(すな)の庭(にわ)―枯山水(かれさんすい)

庭(にわ)にも新(あたら)しい形(かたち)が生(う)まれました。水(みず)を使(つか)わず、石(いし)と白(しろ)い砂(すな)で、山(やま)や水(みず)の流(なが)れを表(あらわ)す庭(にわ)を枯山水(かれさんすい)といいます。

池(いけ)に水(みず)をたたえた平安時代(へいあんじだい)の庭(にわ)とくらべると、ずいぶんしずかな庭(にわ)です。

白い砂の庭に大きな石がいくつか置かれ、奥にかわら屋根の低い塀がある白黒写真
龍安寺(りょうあんじ)の石庭(せきてい)。白(しろ)い砂(すな)の上(うえ)に石(いし)がおかれています。水(みず)は使(つか)っていません。『花洛林泉帖』より龍安寺石庭 1910年の写真集出典:国立国会図書館デジタルコレクション

京都(きょうと)の龍安寺(りょうあんじ)の石庭(せきてい)が、枯山水(かれさんすい)の庭(にわ)としてとても有名(ゆうめい)です。写真(しゃしん)は、100年以上前(ねんいじょうまえ)に出(だ)された写真集(しゃしんしゅう)のものです。ただ、この石庭(せきてい)をだれがいつ作(つく)ったのかは、はっきりとはわかっていません。

枯山水(かれさんすい)は、水(みず)を使(つか)わず、石(いし)と砂(すな)で山(やま)や水(みず)の流(なが)れを表(あらわ)す庭(にわ)です。

茶(ちゃ)の湯(ゆ)と生(い)け花(ばな)

わび茶(ちゃ)

お茶(ちゃ)を飲(の)む茶(ちゃ)の湯(ゆ)も広(ひろ)まりました。村田珠光(むらたじゅこう)が始(はじ)めた「わび茶(ちゃ)」は、のちに千利休(せんのりきゅう)に受(う)けつがれます。

わび茶(ちゃ)は、かざらない、しずかな心(こころ)を大切(たいせつ)にする茶(ちゃ)の湯(ゆ)です。今(いま)の茶道(さどう)につながっています。

黒くて丸みのある、ごつごつした茶碗
茶(ちゃ)の湯(ゆ)で使(つか)われた黒(くろ)い茶碗(ちゃわん)。かざらない美(うつく)しさをもっています。黒楽茶碗 銘むかし咄 長次郎 安土桃山時代(室町時代のあと)出典:ColBase(東京国立博物館)(部分)

この茶碗(ちゃわん)は、利休(りきゅう)のころに作(つく)られたものです。室町時代(むろまちじだい)のあとの時代(じだい)ですが、わび茶(ちゃ)の心(こころ)がよくあらわれています。

床(とこ)の間(ま)をかざる生(い)け花(ばな)

書院造(しょいんづくり)の床(とこ)の間(ま)に花(はな)をかざる生(い)け花(ばな)も、このころ広(ひろ)まりました。下(した)の絵(え)は、室町時代(むろまちじだい)の花(はな)の本(ほん)にえがかれた、部屋(へや)のかざりです。

床の間や棚に、花をいけた花びんや道具がならんでいる、巻物の絵
室町時代(むろまちじだい)の花(はな)の本(ほん)(花伝書(かでんしょ))にえがかれた部屋(へや)のかざり。かけじくの前(まえ)に、花(はな)がいけられています。文阿弥花伝書残巻 文鏡筆 室町時代・永禄2年(1559)出典:ColBase(九州国立博物館)

茶(ちゃ)の湯(ゆ)(わび茶(ちゃ))と生(い)け花(ばな)も、室町時代(むろまちじだい)に広(ひろ)まり、今(いま)の茶道(さどう)や生(い)け花(ばな)につながっています。

まとめ―室町時代(むろまちじだい)に生(う)まれた新(あたら)しい文化(ぶんか)

今日(きょう)の問(と)いの答(こた)えをまとめます。室町時代(むろまちじだい)には、次(つぎ)のような新(あたら)しい文化(ぶんか)が生(う)まれました。

  1. 書院造(しょいんづくり):たたみ・床(とこ)の間(ま)・違(ちが)い棚(だな)・障子(しょうじ)・ふすま。今(いま)の和室(わしつ)のもと
  2. 水墨画(すいぼくが):墨(すみ)の濃淡(のうたん)だけでえがく絵(え)。雪舟(せっしゅう)が完成(かんせい)させた
  3. 枯山水(かれさんすい):石(いし)と砂(すな)で山(やま)や水(みず)を表(あらわ)す庭(にわ)。龍安寺(りょうあんじ)の石庭(せきてい)が有名(ゆうめい)
  4. 茶(ちゃ)の湯(ゆ):村田珠光(むらたじゅこう)が始(はじ)めたわび茶(ちゃ)。今(いま)の茶道(さどう)につながる
  5. 生(い)け花(ばな):書院造(しょいんづくり)の床(とこ)の間(ま)をかざる花(はな)

どれも、今(いま)の日本(にほん)の伝統文化(でんとうぶんか)につながっています。

能(のう)や狂言(きょうげん)、祭(まつ)り、食(た)べ物(もの)など、くらしに続(つづ)くものは、次(つぎ)の「今(いま)に続(つづ)く室町(むろまち)のくらし」で学(まな)びます。

この時代(じだい)の人物(じんぶつ)

足利義満(あしかがよしみつ)
室町幕府(むろまちばくふ)の3代将軍(だいしょうぐん)。北山(きたやま)に金閣(きんかく)を建(た)てた。
黒いぼうしをかぶり、黒い着物を着て、すわる男性の肖像画
足利義政(あしかがよしまさ)
室町幕府(むろまちばくふ)の8代将軍(だいしょうぐん)。東山(ひがしやま)に銀閣(ぎんかく)を建(た)てた。東求堂(とうぐどう)の同仁斎(どうじんさい)は書院造(しょいんづくり)の古(ふる)い例(れい)。
伝足利義政像 伝土佐光信筆 室町時代・15世紀。出典:ColBase(東京国立博物館)(部分)
黒いぼうしをかぶり、灰色の僧の服を着た年配の男性の肖像画
雪舟(せっしゅう)
室町時代(むろまちじだい)のお坊(ぼう)さんで絵(え)の名人(めいじん)。明(みん)にわたって学(まな)び、日本(にほん)の水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させた。
雪舟画像 徳力善雪筆 江戸時代・17世紀(雪舟が自分を描いた絵を写したもの)。出典:ColBase(東京国立博物館)(部分)
村田珠光(むらたじゅこう)
茶(ちゃ)の湯(ゆ)の「わび茶(ちゃ)」を始(はじ)めた人(ひと)。のちに千利休(せんのりきゅう)に受(う)けつがれた。

重要(じゅうよう)なところ

水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させたのは雪舟(せっしゅう)です。
墨(すみ)のこいとうすいだけで描(えが)く絵(え)です。明(みん)にわたって学(まな)んだことも、いっしょに覚(おぼ)えましょう。
金閣(きんかく)を建(た)てたのは足利義満(あしかがよしみつ)(北山(きたやま)の文化(ぶんか))、銀閣(ぎんかく)を建(た)てたのは足利義政(あしかがよしまさ)(東山(ひがしやま)の文化(ぶんか))です。
「金(きん)→義満(よしみつ)→北山(きたやま)」「銀(ぎん)→義政(よしまさ)→東山(ひがしやま)」と組(くみ)で覚(おぼ)えましょう。
書院造(しょいんづくり)は、たたみ・床(とこ)の間(ま)・違(ちが)い棚(だな)・障子(しょうじ)・ふすまのある部屋(へや)のつくりで、今(いま)の和室(わしつ)のもとになりました。
平安時代(へいあんじだい)の貴族(きぞく)のやしきは、書院造(しょいんづくり)ではなく寝殿造(しんでんづくり)です。時代(じだい)ごとに分(わ)けて覚(おぼ)えましょう。

教科書(きょうかしょ)では、この単元名(たんげんめい)です

  • 東京書籍:「今に伝わる室町文化」の授業「新しい文化が生まれる」
  • 教育出版:「室町文化と力をつける人々」の授業「簡素で静かな美しさ」
  • 日本文教出版:「今に伝わる室町の文化と人々のくらし」の授業「今に伝わる室町文化」

学習指導要領(がくしゅうしどうようりょう)(平成(へいせい)29年告示(ねんこくじ))では

第(だい)6学年(がくねん)の内容(ないよう)(2)ア(オ):京都(きょうと)の室町(むろまち)に幕府(ばくふ)が置(お)かれたころの建物(たてもの)や絵(え)から、今(いま)の生活文化(せいかつぶんか)につながる室町文化(むろまちぶんか)が生(う)まれたことを理解(りかい)する。(学習指導要領コード 0263215000000)

「今(いま)に伝(つた)わる室町文化(むろまちぶんか)」の授業(じゅぎょう)の順(じゅん)と、ほかの時間(じかん)の解説(かいせつ)へ

たしかめ問題(もんだい)

たたみや床(とこ)の間(ま)のある、今(いま)の和室(わしつ)のもとになった部屋(へや)のつくりを何(なん)といいますか。書院造(しょいんづくり)
明(みん)にわたって学(まな)び、日本(にほん)の水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させたのはだれですか。雪舟(せっしゅう)
水(みず)を使(つか)わず、石(いし)と白(しろ)い砂(すな)で山(やま)や水(みず)の流(なが)れを表(あらわ)す庭(にわ)を何(なん)といいますか。枯山水(かれさんすい)
村田珠光(むらたじゅこう)が始(はじ)めた、かざらない、しずかな心(こころ)を大切(たいせつ)にする茶(ちゃ)の湯(ゆ)を何(なん)といいますか。わび茶(ちゃ)
金閣(きんかく)を建(た)てた将軍(しょうぐん)と、銀閣(ぎんかく)を建(た)てた将軍(しょうぐん)はそれぞれだれですか。金閣(きんかく)は足利義満(あしかがよしみつ)、銀閣(ぎんかく)は足利義政(あしかがよしまさ)
問(と)いへの答(こた)え

武士(ぶし)・貴族(きぞく)・中国(ちゅうごく)の文化(ぶんか)がまじりあい、新(あたら)しい文化(ぶんか)が生(う)まれました。たたみや床(とこ)の間(ま)のある書院造(しょいんづくり)は、今(いま)の和室(わしつ)のもとになりました。雪舟(せっしゅう)は、墨(すみ)の濃淡(のうたん)だけでえがく水墨画(すいぼくが)を完成(かんせい)させました。石(いし)と砂(すな)で山(やま)や水(みず)を表(あらわ)す枯山水(かれさんすい)の庭(にわ)、わび茶(ちゃ)の茶(ちゃ)の湯(ゆ)、床(とこ)の間(ま)をかざる生(い)け花(ばな)も広(ひろ)まり、今(いま)の茶道(さどう)や生(い)け花(ばな)につながっています。

この単元(たんげん)のプリントで確(たし)かめる(25枚(まい)・答(こた)えつき)

出典

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