戦後の改革と日本国憲法とは?終戦直後のくらし・GHQ・女性の選挙権・農地改革をわかりやすく
教科書では:東京書籍「新しい日本、平和な日本へ」の「終戦直後の人々のくらし」「民主主義による国を目指して」/教育出版「平和で豊かな暮らしを目ざして」の「もう戦争はしない」/日本文教出版「新しい日本へのあゆみ」の「終戦直後の人々のくらし」「新しい国づくりがはじまる」
- 戦争が終わったあと、人々は食べ物の不足に苦しみ、で物を買ったり、青空教室で学んだりしました。
- 日本はに占領され、女性の選挙権・・財閥の解体・6・3制など、民主主義の国を目指す改革が進みました。
- が1946年11月3日に公布され、1947年5月3日から施行されました。
戦争のあと、日本ではどのような改革が行われたのだろう。
読み終えたら、下の「問いへの答え」を見る前に、自分の言葉で答えてみましょう。終戦直後の人々のくらし
焼けあとからの出発
1945年8月、戦争が終わりました。空襲を受けた都市の多くは焼けあとになり、家を失った人がたくさんいました。
人々は、焼けあとに小さな小屋を建てたりして、少しずつくらしを立て直していきました。

食べ物が足りない
戦争が終わっても、食べ物はとても不足していました。米などは配給で、決められた量しか手に入りませんでした。
配給だけでは足りず、人々は農村へ買い出しに出かけたり、やみ市で高い食べ物を買ったりしました。


駅前の焼けあとなどにできた市場です。国の決まりの外で、配給より高いねだんで、食べ物や品物が売られていました。
引きあげと青空教室
戦争が終わったとき、海外には兵士や、移り住んでいた人など、多くの日本人がいました。その人たちは、船などで日本にてきました。
引きあげてきた人は、600万人をこえました。家族と再会できた人もいれば、帰りを待ち続けた家族もいました。
学校も、空襲で多くの校舎を失いました。教室が足りず、校庭などで授業をする「青空教室」も見られました。
終戦直後、人々は家や食べ物の不足に苦しみながら、焼けあとからくらしを立て直していきました。
連合国軍による占領
戦争に負けた日本は、アメリカを中心とする連合国軍に占領されました。東京には、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれました。
最高司令官は、アメリカのマッカーサーです。1945年8月30日、神奈川県の厚木飛行場に到着しました。
日本の政府は、GHQの指示のもとで、軍隊をなくし、国のしくみを民主的に改める改革を進めていきました。
日本は連合国軍に占領され、GHQの指示のもとで、民主化のための改革が始まりました。
民主主義の国を目指す改革
女性が初めて選挙権をもつ
1945年12月、選挙の法律が改められました。20歳以上のすべての男女が、をもつようになったのです。
1946年4月10日の衆議院議員の選挙で、女性は初めて投票しました。この選挙で、39人の女性議員が生まれました。
- 1.1%1890年
- 2.2%1902年
- 5.5%1920年
- 20.0%1928年
- 48.7%1946年
1928年までは男子だけ(1928年は25歳以上のすべての男子)。1946年は、20歳以上のすべての男女が選挙権をもって初めての選挙。 出典:総務省 広報誌「総務省」2025年12月号「選挙のあゆみと今」
農地改革
戦争の前、農地のおよそ半分は、地主から借りて耕す小作地でした。小作農は、収穫の半分ほどにもなる高い小作料を、地主におさめていました。
そこで国は、地主の土地の多くを買い上げて、小作農に売りわたしました。これを農地改革といいます。
この結果、農地の約9割が、自分の土地を耕す自作農のものになりました。

財閥の解体と労働組合
戦前の日本では、三井や三菱などのが、多くの会社を従えて強い力をもっていました。戦後、経済を民主的にするため、これらの財閥は解体されました。
1945年には労働組合法ができました。働く人々がをつくり、給料などの条件を話し合えるようになりました。
新しい教育と学校給食
1947年3月、と学校教育法ができました。4月からは小学校6年・中学校3年の6・3制が始まり、義務教育は9年になりました。
新しい中学校の校舎は足りませんでした。地域の人々も、お金を出し合って校舎づくりを進めました。

学校給食も始まりました。1946年12月に東京などで試しに始まり、1947年1月からは全国の都市の子どもに広がりました。
軍隊が力をもっていた国のしくみを改め、民主主義の国として出発し直すためです。GHQの指示のもとで、政治・経済・教育の改革が次々に進められました。
女性の選挙権、農地改革、財閥の解体、労働組合、6・3制など、民主主義の国を目指す改革が進められました。
日本国憲法の制定
1946年11月3日に公布
改革の中心となったのが、新しい憲法づくりです。帝国議会での話し合いをへて、日本国憲法が1946年11月3日に公布されました。
そして、半年後の1947年5月3日から施行されました。施行とは、法律などが実際に使われ始めることです。


三つの原則
日本国憲法には、国の土台となる三つの原則があります。
- 国民主権
- 基本的人権の尊重
- 平和主義
では、主権は天皇にありました。日本国憲法では、主権は国民にあると定められました。三つの原則のくわしい中身は、政治の学習で学びます。
新しい憲法は、広く国民に知らされました。文部省は1947年8月、新しい中学校の社会科で使う本『あたらしい憲法のはなし』を出しています。

日本国憲法は1946年11月3日に公布され、1947年5月3日から施行されました。日本は、平和で民主的な国として出発しました。
年の流れでふり返る
- 1945年8月戦争が終わる。連合国軍による占領が始まる
- 1945年12月20歳以上の男女に選挙権。労働組合法ができる
- 1946年4月女性が初めて投票し、39人の女性議員が生まれる
- 1946年10月農地改革の法律ができる
- 1946年11月3日日本国憲法が公布される
- 1947年4月6・3制の新しい学校が始まる
- 1947年5月3日日本国憲法が施行される
中学ではここがくわしくなる
中学の歴史では、戦後の改革の進み方を、もう少しくわしく習います。
| 小学校 | 中学校で加わること | |
|---|---|---|
| 改革の始まり | GHQの指示で改革が進む | 1945年10月、マッカーサーは幣原喜重郎首相に、女性の参政権・労働組合・教育の自由主義化・経済の民主化などの改革を求めた(五大改革指令)。日本の政府は、GHQの指示を受けて政治を行った(間接統治) |
| 農地改革 | 地主の土地を小作農に売りわたす | 1946年10月の自作農創設特別措置法による。村に住んでいない地主の小作地と、村に住む地主の小作地のうち一定の広さ(都府県は平均1町歩、北海道は4町歩)をこえる分を、国が買い上げた |
| 財閥の解体 | 財閥が解体された | 1946年4月に持株会社整理委員会ができ、三井・三菱・住友・安田などの本社が持っていた株を処分させた |
| 憲法づくり | 日本国憲法の公布 | 1946年2月、GHQが憲法の草案を日本の政府にわたした。政府はそれをもとに改正案をつくり、帝国議会で修正を加えて成立させた |
| 選挙 | 女性が初めて投票した | 1946年4月の選挙の投票率は7割をこえた。参議院の最初の選挙は、1947年4月20日に行われた |
この時代の人物



重要なところ
公布は国民に知らせること、施行は実際に使われ始めることです。
1925年の普通選挙法で選挙権をもったのは、25歳以上の男子だけでした。
その結果、農地の約9割が自作農の土地になりました。
教科書では、この単元名です
- 東京書籍:「新しい日本、平和な日本へ」の授業「終戦直後の人々のくらし」「民主主義による国を目指して」
- 教育出版:「平和で豊かな暮らしを目ざして」の授業「もう戦争はしない」
- 日本文教出版:「新しい日本へのあゆみ」の授業「終戦直後の人々のくらし」「新しい国づくりがはじまる」
学習指導要領(平成29年告示)では
第6学年の内容(2)ア(サ):日華事変(日中戦争)、日本が関わった第二次世界大戦、日本国憲法の制定、オリンピック・パラリンピックの開催などから、戦後に民主的な国家として出発し、国民生活が向上して国際社会で重要な役割を果たしてきたことを理解する。(学習指導要領コード 026321B000000)
たしかめ問題
戦後、駅前の焼けあとなどにできて、配給より高いねだんで食べ物などが売られた市場を何といいますか。
やみ市戦後の日本を占領した連合国軍の最高司令官はだれですか。
マッカーサー1945年に選挙の法律が改められ、選挙権をもつようになったのは、何歳以上のどのような人ですか。
20歳以上のすべての男女1946年4月の衆議院議員の選挙で生まれた女性議員は何人ですか。
39人国が地主の土地を買い上げ、小作農に売りわたした改革を何といいますか。
農地改革1947年4月から始まった、小学校6年・中学校3年の学校のしくみを何といいますか。
6・3制日本国憲法が公布されたのは何年何月何日ですか。
1946年11月3日日本国憲法の三つの原則は、国民主権・平和主義と、もう一つは何ですか。
基本的人権の尊重戦争が終わったころ、多くの人が家を失い、食べ物も不足していました。日本はアメリカを中心とする連合国軍に占領され、GHQの指示のもとで、民主主義の国を目指す改革が進められました。20歳以上のすべての男女が選挙権をもち、1946年の選挙では39人の女性議員が生まれました。農地改革で多くの小作農が自分の土地をもつようになり、財閥の解体や労働組合づくり、6・3制の新しい教育も始まりました。そして、1946年11月3日に日本国憲法が公布され、1947年5月3日から施行されました。
出典
- 国立国会図書館「日本国憲法の誕生」年表(1945年8月30日 マッカーサー厚木到着、1946年2月13日 GHQ草案、5月22日 吉田内閣、11月3日 公布、1947年5月3日 施行)
- 国立国会図書館「日本国憲法の誕生」資料と解説 1-20 幣原首相・マッカーサー会談(1945年10月11日)
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」5-3 占領と改革の開始
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」5-5 総選挙(1946年4月10日、前年12月17日の選挙法改正で20歳以上の男女、39人の女性議員)
- 国立公文書館「日本国憲法の誕生」2-4 衆議院議員選挙法改正(投票率7割超・39名の女性議員)
- 内閣府男女共同参画局「衆議院議員総選挙における女性候補者・当選者数の推移」(第22回 定数466人中女性39人)
- 総務省 広報誌「総務省」2025年12月号「選挙のあゆみと今」(有権者が全人口にしめる割合)
- 外務省 外交史料館「五大改革指令」の解説(婦人参政権の付与、労働組合の育成、教育の民主化など)
- 国立国会図書館「日本国憲法の誕生」1-20 幣原首相・マッカーサー会談の記録(本文:婦人の解放・労働組合の奨励・学校の自由主義的な教育・秘密の審問の撤廃・経済制度の民主化)
- 国立公文書館「昭和20年9月~10月 戦災復興と占領軍による改革」(幣原内閣に五大改革指令)
- 国立公文書館 アーカイブズ学習「農地改革」(自作農創設特別措置法 1946年10月19日公布、保有限度、約9割が自作地)
- 国立公文書館 アーカイブズ学習「農地改革」クイズ
- 経済産業研究所 コラム「農地改革の真相」(小作料が収穫物の半分、全農地の35%・小作地の75%にあたる177万haを買収→小作地は全農地のおよそ半分)
- アジア歴史資料センター 用語解説「持株会社整理委員会」(1946年4月20日発足)
- 立正大学 経済学季報 56巻2号 所収論文(持株会社の第一次指定:三井本社・三菱本社・住友本社・安田保善社など)
- 労働政策研究・研修機構「労働関係法の制定と変遷」報告書(労働組合法 昭和20年12月22日法律第51号)
- 文部科学省『学制百年史』第一節 初等教育(昭和22年3月 教育基本法・学校教育法、同年4月の新学制、9か年の義務教育)
- 文部科学省『学制百年史』四 学校施設の整備(戦災で教室を失った児童・生徒、青空教室・二部授業)
- 練馬区「学校給食の歴史」(昭和21年12月24日の試験給食、昭和22年1月 全国都市部の児童へ、終戦直後の食料事情)
- 厚生省『厚生白書』昭和53年版 第17章(海外からの630万人余りの引揚援護)
- 国立国会図書館サーチ『あたらしい憲法のはなし』文部省編・実業教科書 1947年8月
- 国立公文書館「誕生 日本国憲法」3-5(新しい中学校の社会科の副教材として『あたらしい憲法のはなし』)
- 内閣府「「国民の祝日」について」(憲法記念日・文化の日)
画像
- 麻生豊「戦後焼跡賑わい風景 2」昭和21年(1946) 紙本彩色 東京都現代美術館蔵(Tokyo Museum Collection(東京都現代美術館、パブリック・ドメイン))
- 配給米を受ける人びとの行列(大宮市) 昭和21年(1946) 埼玉県立図書館蔵(埼玉県立図書館デジタルライブラリー(CC BY 4.0))
- 蕨駅前の闇市と軍用機の残がい 昭和21年(1946) 埼玉県立図書館蔵(埼玉県立図書館デジタルライブラリー(CC BY 4.0))
- 農林省ポスター「二百万町歩解放え」昭和22年(1947)ごろ 国立公文書館蔵(請求番号 平19農水90026100)(国立公文書館デジタルアーカイブ(CC0))
- 新制中学校建設のために貯金を呼びかける人びと 昭和23年(1948) 埼玉県立図書館蔵(埼玉県立図書館デジタルライブラリー(CC BY 4.0))
- 日本国憲法・御署名原本 昭和21年(1946)11月3日 国立公文書館蔵(請求番号 御30168100)(国立公文書館デジタルアーカイブ(CC0))
- 文部省 編『あたらしい憲法のはなし』実業教科書 昭和22年(1947)(国立国会図書館デジタルコレクション)
- マッカーサー(1945年ごろ、アメリカ国防総省の写真)(アメリカ国立公文書館(トルーマン大統領図書館))
- 幣原喜重郎(若いころの写真)(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
- 吉田茂(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)