太平洋戦争の始まりとは?第二次世界大戦・日独伊三国同盟・真珠湾・ミッドウェー海戦をわかりやすく
教科書では:東京書籍「長く続いた戦争と人々のくらし」の「戦争が世界に広がる」/教育出版「戦争と人々の暮らし」の「アジア・太平洋に広がる戦争」/日本文教出版「アジア・太平洋に広がる戦争」の「アジアや太平洋に広がる戦場」
- 1939年、ヨーロッパでが始まり、日本は1940年にを結びました。
- 石油などの資源を求めて東南アジアに軍を進めた日本は、アメリカと対立し、1941年12月8日にを始めました。
- はじめは勝ち進みましたが、1942年のミッドウェー海戦のあとは、生産力の大きいアメリカにしだいに追いこまれていきました。
戦争は、どのようにして世界に広がっていったのだろう。
読み終えたら、下の「問いへの答え」を見る前に、自分の言葉で答えてみましょう。ヨーロッパで第二次世界大戦が始まる
1939年、ドイツがポーランドへ
日本が中国と戦っていたころ、ヨーロッパでも戦争が始まりました。1939年9月、ドイツがとなりの国のポーランドにせめこみました。
イギリスとフランスは、これに対してドイツに宣戦しました。こうして第二次世界大戦が始まりました。
ドイツは、1940年にオランダやフランスなどを次々に占領しました。イギリスやフランス、オランダは、東南アジアに植民地をもつ国々でした。
1940年、日独伊三国同盟
1940年9月27日、日本はドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結びました。3つの国が、たがいに助け合うことを約束した軍事同盟です。

この同盟で、アジアの戦争とヨーロッパの戦争が結びつきました。日本とアメリカの関係は、さらに悪くなりました。
1939年にヨーロッパで第二次世界大戦が始まりました。日本は1940年に、ドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結びました。
東南アジアへ進む日本とアメリカとの対立
資源を求めて東南アジアへ
中国との戦争が長引くと、日本では石油や鉄などの資源が足りなくなりました。戦争に使う船や飛行機を動かすにも、石油が欠かせません。
そこで日本は、資源の多い東南アジアに目を向けました。東南アジアには、石油・ゴム・すずなどの資源がありました。
- 1940年9月:フランス領インドシナ(今のベトナムなど)の北部に軍を進める
- 1941年7月:フランス領インドシナの南部にも軍を進める
このように軍を進めたことを、といいます。日本は「アジアを欧米の支配から解放する」として、「」をつくることをかかげました。
アメリカが石油の輸出を止める
アメリカやイギリスは、日本の動きに強く反対しました。1941年8月、アメリカは日本への石油の輸出を止めました。
そのころ日本は、石油の多くをアメリカからの輸入にたよっていました。イギリスやオランダも、石油を売らなくなりました。石油がなければ、軍艦も飛行機も動かせません。軍の中では、石油がなくなる前に戦うべきだという考えが強まりました。
日本とアメリカは話し合いを続けましたが、まとまりませんでした。1941年10月には、陸軍大臣だった東条英機が首相になりました。
日本は資源を求めて東南アジアに軍を進めました。アメリカは石油の輸出を止め、日本との対立が深まりました。
1941年12月8日、太平洋戦争が始まる
真珠湾とマレー半島への攻撃
1941年12月8日、日本の軍はハワイの真珠湾にあるアメリカ海軍の基地を攻撃しました。同じ日に、イギリス領のマレー半島にも上陸しました。
日本はアメリカとイギリスに宣戦し、太平洋戦争が始まりました。中国との戦争も続いていたので、日本は多くの国を相手に戦うことになりました。


はじめは勝ち進む
日本の軍は、はじめは勝ち進みました。1942年の前半までに、東南アジアや太平洋の島々の広い地域を占領しました。
地図を読みこんでいます…
地図は、指やマウスで動かしたり、+・−で拡大・縮小したりできます。印か、下の場所の名前をタップすると、説明が出ます。
- ベトナム。フランス領インドシナの北部の中心の町。1940年9月、日本の軍が北部に進んだ(北部仏印進駐)。
- ベトナム(今のホーチミン市)。フランス領インドシナの南部の中心の町。1941年7月、日本の軍が南部にも進んだ(南部仏印進駐)。これに対し、アメリカは日本への石油の輸出を止めた。
- マレーシア。イギリス領だった半島。1941年12月8日、日本の軍が上陸し、真珠湾への攻撃とともに太平洋戦争が始まった。印は半島のおおよその位置。
- シンガポール。マレー半島の南のはしにあった、イギリスのアジアの大きな拠点。1942年2月15日、イギリス軍が降伏し、日本の軍が占領した。
- フィリピン。アメリカが治めていたフィリピンの中心の町。1942年のはじめに、日本の軍が占領した。
- インドネシア。オランダ領東インド(今のインドネシア)の中心の町。この地域は石油などの資源が多く、1942年に日本の軍が占領した。
●赤は戦いの場所、●緑は都や拠点です。印の位置はおおよそです。地図:地理院タイル(国土地理院)
シンガポールやフィリピン、オランダ領東インド(今のインドネシア)も、日本の軍が占領しました。石油などの資源のある地域を、手に入れようとしたのです。
1941年12月8日、日本は真珠湾とマレー半島を攻撃し、太平洋戦争が始まりました。はじめは東南アジアの広い地域を占領しました。
戦争の流れが変わる
1942年、ミッドウェー海戦
1942年6月、太平洋のミッドウェー島の近くの海で、日本とアメリカの海軍が戦いました。これをといいます。
日本の海軍は、航空母艦(空母)4せきを失いました。この戦いのあと、日本はしだいに負けが続くようになりました。
アメリカとの生産力の差
アメリカは、日本よりずっと多くの飛行機や船をつくることができました。下のグラフで、1年間につくった飛行機の数をくらべてみましょう。
アメリカの調査団が戦後にまとめた数(グライダーもふくむ)。数え方によって、資料ごとに少しちがいます。色のこい棒が日本。 出典:アメリカ戦略爆撃調査団『The Japanese Aircraft Industry』(1947年)Table I-II
アメリカの調べでは、1944年に日本は約2万8千機をつくりました。アメリカは約10万機と、日本の3倍以上でした。
国民に伝えられたこと
政府は、新聞やラジオなどの報道を管理していました。勝った知らせは大きく伝えられましたが、負けたことは、かくされたり、別の言い方で伝えられたりしました。
多くの国民は、この戦争は正しい戦争だと信じて、戦争に協力しました。
1942年のミッドウェー海戦のあと、日本は負けが続きました。国力の大きいアメリカに、しだいに追いこまれていきました。
占領された地域の人々
日本の軍が占領した地域では、人々のくらしも大きく変わりました。地域によってちがいますが、次のようなことがありました。
- 資源と食料:日本は、石油などの資源を手に入れることを第一にしました。軍に必要な食料なども、その土地で集めました。
- 言葉と習慣:学校などで日本語を教え、日本のやり方を広めようとしました。
- 労働:軍のための工事などに、人々が働き手としてかり出されました。
そのため、多くの地域で人々のくらしは苦しくなりました。各地で、日本の支配に対する抵抗も起こりました。
戦争は、戦場となったアジアや太平洋の地域の人々にも、大きな被害をあたえました。
- 1939年ヨーロッパで第二次世界大戦が始まる
- 1940年フランス領インドシナの北部に軍を進める。日独伊三国同盟
- 1941年南部にも軍を進める。アメリカが石油の輸出を止める
- 1941年12月8日真珠湾・マレー半島を攻撃。太平洋戦争が始まる
- 1942年6月ミッドウェー海戦。このあと日本は負けが続く
占領された地域では、資源や食料が集められ、人々のくらしは苦しくなりました。戦争は、アジア・太平洋の人々にも大きな被害をあたえました。
中学ではここがくわしくなる
中学の歴史では、太平洋戦争が始まるまでの動きを、もう少しくわしく習います。
| 小学校 | 中学校で加わること | |
|---|---|---|
| ソ連との関係 | (習わない) | 1941年4月、日本はソ連と日ソ中立条約を結び、北の守りを固めてから南へ進もうとした |
| アメリカの経済制裁 | 石油の輸出を止める | 1941年7月には、アメリカにある日本の財産を自由に使えないようにした(資産の凍結) |
| 日米の話し合い | まとまらなかった | 1941年11月、アメリカは日本の案を受け入れず、ハル・ノートとよばれる文書を示した。12月1日、日本は御前会議で開戦を正式に決めた |
| 戦争のよび名 | 太平洋戦争 | 当時の政府は、1941年12月に、中国との戦争もふくめて「大東亜戦争」とよぶと決めた |
この時代の人物


重要なところ
2つの始まりの年と場所を区別しましょう。太平洋戦争は、第二次世界大戦の一部です。
「独」はドイツ、「伊」はイタリアのことです。
アメリカとイギリスの両方を相手に、戦争が始まりました。
教科書では、この単元名です
- 東京書籍:「長く続いた戦争と人々のくらし」の授業「戦争が世界に広がる」
- 教育出版:「戦争と人々の暮らし」の授業「アジア・太平洋に広がる戦争」
- 日本文教出版:「アジア・太平洋に広がる戦争」の授業「アジアや太平洋に広がる戦場」
学習指導要領(平成29年告示)では
第6学年の内容(2)ア(サ):日華事変(日中戦争)、日本が関わった第二次世界大戦、日本国憲法の制定、オリンピック・パラリンピックの開催などから、戦後に民主的な国家として出発し、国民生活が向上して国際社会で重要な役割を果たしてきたことを理解する。(学習指導要領コード 026321B000000)
たしかめ問題
1939年に、ドイツがポーランドにせめこんで始まった戦争を何といいますか。
第二次世界大戦1940年に、日本がドイツ・イタリアと結んだ軍事同盟を何といいますか。
日独伊三国同盟日本が東南アジアに軍を進めたのは、おもに何を手に入れるためでしたか。
石油などの資源1941年8月に、アメリカが日本への輸出を止めた、軍艦や飛行機を動かすのに欠かせない資源は何ですか。
石油1941年12月8日、日本の軍が攻撃した、ハワイにあるアメリカ海軍の基地のある場所はどこですか。
真珠湾1941年12月8日に始まった、日本とアメリカ・イギリスなどとの戦争を何といいますか。
太平洋戦争1942年6月、日本の海軍が航空母艦4せきを失った戦いを何といいますか。
ミッドウェー海戦太平洋戦争が始まったときの日本の首相はだれですか。
東条英機1939年、ドイツがポーランドにせめこみ、ヨーロッパで第二次世界大戦が始まりました。中国との戦争が長引いていた日本は、1940年にドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結び、石油やゴムなどの資源を求めて東南アジアに軍を進めました。これにアメリカやイギリスが強く反対し、アメリカは日本への石油の輸出を止めました。1941年12月8日、日本はハワイの真珠湾のアメリカ軍基地や、イギリス領のマレー半島をせめ、太平洋戦争が始まりました。日本ははじめ、東南アジアや太平洋の島々の広い地域を占領しましたが、1942年6月のミッドウェー海戦で大きな損害を受けてからは、生産力の大きいアメリカに、しだいに追いこまれていきました。占領された地域の人々も、戦争のために大きな負担を受けました。
出典
- 東京書籍「新編 新しい社会6」年間指導計画作成資料(⑪-③戦争が世界に広がる)
- 教育出版「小学社会6」年間指導計画・評価計画(戦争と人々の暮らし アジア・太平洋に広がる戦争。占領地での抵抗運動・日米の航空機生産力)
- 日本文教出版「小学社会6年」年間指導計画(アジアや太平洋に広がる戦場)
- アジア歴史資料センター インターネット特別展「公文書に見る日米交渉」日米関係の変遷(1939年9月の大戦の始まり、1940年のヨーロッパの戦況、9月の北部仏印進駐と三国同盟)
- アジア歴史資料センター インターネット特別展「公文書に見る日米交渉」日米交渉ダイジェスト(1941年7月28日の南部仏印進駐、8月1日の石油禁輸、10月18日の東条内閣成立、11月のハル・ノート、12月8日の対米覚書)
- アジア歴史資料センター インターネット特別展「公文書に見る日米交渉」用語集(大東亜共栄圏・対日資産凍結・蘭領東インド・日ソ中立条約)
- 国立公文書館「日本のあゆみ」昭和15年(1940)9月 日独伊三国同盟が成立する
- 国立公文書館「日本のあゆみ」昭和16年(1941)4月 日ソ中立条約が結ばれる
- 国立公文書館「日本のあゆみ」昭和16年(1941)12月 アメリカ・イギリスに対して宣戦を布告する
- 国立公文書館「日本のあゆみ」昭和15年(1940)12月 内閣情報局が設置される(情報・宣伝と言論・報道の指導・取締り)
- 山口県文書館「第二次世界大戦の始まり 第二次大戦の始まりと日本」
- 山口県文書館「太平洋戦争の開始 大東亜共栄圏」(東南アジアの資源)
- United States Strategic Bombing Survey, Summary Report (Pacific War), 1946(石油の禁輸、開戦直後の東南アジアの占領、ミッドウェー海戦で空母4せきを失ったこと、敗北を国民に知らせなかったこと)
- United States Strategic Bombing Survey, The Japanese Aircraft Industry, 1947, Table I-II(日本・アメリカの飛行機生産数)
- オーストラリア退役軍人省 Anzac Portal「Fall of Singapore 1942」(1942年2月15日のシンガポールの降伏)
- アジア歴史資料センター グロッサリー「南方占領地行政実施要領」(治安の回復・重要国防資源の獲得・作戦軍の自活)
- 若森崇史「第2次大戦時の日本陸軍による南方軍政下における軍と企業の関係」(拓殖大学 博士論文、2023年)(占領地での食料・物資の調達)
- 芳賀美智雄「インドネシアにおける日本軍政の功罪」『戦史研究年報』第10号(防衛省防衛研究所、2007年3月)(籾の強制供出・労務者の苛酷な労働・学校での日本語教育・日本化の強要と抵抗)
- 国立公文書館「日本のあゆみ」昭和17年(1942)4月「翼賛選挙」が実施される(「大東亜戦争」のよび名)
- 松永典子「軍政下マラヤにおける日本語教育」『東南アジア:歴史と文化』27号(1998年、九州大学学術情報リポジトリ)
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像」東条英機
- 防衛省防衛研究所「昭和100年」特設Webページ「ミッドウェー海戦」(主力空母4隻を失ったこと・事実を国民に明かさなかったこと、年表の1942年1月2日マニラ占領・2月15日シンガポール・3月9日ジャワの蘭印軍の降伏・6月5日ミッドウェー海戦)
- 資源エネルギー庁「石油がとまると何が起こるのか? ~歴史から学ぶ、日本のエネルギー供給のリスク」(米国からの輸入原油、1941年の米国の禁輸と、その後のイギリス・オランダの禁輸)
- 内閣府 沖縄戦関係資料閲覧室 防衛省戦時資料 B03-4-151「今次戦争の呼称並に平戦時の分界時期等に関する件」(陸普第9163号、1941年12月12日。「対米英戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」)
- 庄司潤一郎「日本における戦争呼称に関する問題の一考察」『防衛研究所紀要』第13巻第3号(2011年3月)(1941年12月10日の大本営政府連絡会議での呼称の決定)
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- 日本国、独逸国及伊太利国間三国条約・御署名原本・昭和十五年・条約第九号(御24359) 国立公文書館蔵(国立公文書館デジタルアーカイブ)
- 米国及英国ニ対スル宣戦ノ件・御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日(御24374) 国立公文書館蔵(国立公文書館デジタルアーカイブ)
- Photograph of President Franklin D. Roosevelt Signing the Declaration of War Against Japan(1941年12月8日、Abbie Rowe 撮影)(アメリカ国立公文書館(NARA))
- 東条英機(歴代首相等写真)(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)