大正の社会と普通選挙とは? 米騒動・平塚らいてう・全国水平社・普通選挙法をわかりやすく
教科書では:東京書籍「世界に歩み出した日本」の「生活や社会の変化」/教育出版「近代国家を目ざして」の「暮らしと社会の変化」/日本文教出版「国力の充実をめざす日本と国際社会」の「よりよく生きる権利を求めて」
- 大正時代、都市では洋服を着る人がふえ、電車やバス、デパート、ラジオ放送(1925年)など、くらしが大きく変わりました。
- (1918年)をきっかけに民主主義を求める動きが高まり、平塚らいてうらの女性運動や、(1922年)の差別をなくす運動が広がりました。
- 1925年にができ、25歳以上のすべての男子が選挙権をもちました。同じ年にもつくられました。
大正時代、人々のくらしや社会は、どのように変わったのだろう。
読み終えたら、下の「問いへの答え」を見る前に、自分の言葉で答えてみましょう。都市のくらしが変わる
会社につとめる人がふえる
大正時代(1912〜1926年)の後半、東京や大阪などの都市は大きく成長しました。会社につとめて給料をもらう人(サラリーマン)がふえました。
タイピストや電話交換手のように、外で働く女性もふえました。こうした女性は「職業婦人」とよばれました。
洋服と、新しい住まい
都市では、洋服を着る男性がふえました。電灯・水道・ガスも、家庭に広まっていきました。
鉄道ぞいには、洋風の部屋を取り入れた「文化住宅」が建ちならびました。新聞や雑誌もさかんに読まれました。

電車やバス、デパート、ラジオ
町の中には、路面電車(市電)やバスが走りました。大きな通りには、何階建てもの(百貨店)ができ、人気を集めました。

1925年には、東京でラジオ放送が始まりました。ニュースや音楽が、電波にのって家庭に届くようになったのです。


大正時代の都市では、洋服を着る人がふえ、電車やバス、デパート、ラジオ放送など、くらしが大きく変わりました。
米騒動と、民主主義を求める動き
米のねだんが急に上がる
第一次世界大戦のころから、物のねだんが上がり続けていました。1918年には米のねだんが急に上がり、人々のくらしは苦しくなりました。
この年の7月、富山県の漁村の女性たちが、米を安く売るように求めて立ち上がりました。この動きは新聞で伝えられ、全国に広がりました。これを米騒動といいます。
そのころ、日本の軍隊がシベリアに出兵することになりました。米が必要になると見こんで、商人などが米を買いしめたのです。
政党内閣と大正デモクラシー
米騒動のあと、1918年9月に原敬が首相になりました。原は政党の代表で、大臣の多くを自分の政党の人にしました。このような内閣をといいます。
政治学者の吉野作造は、をとなえました。人々の考えにもとづいた政治を行い、多くの人が政治に参加するべきだという考えです。
このころ高まった、民主主義を求める動きを、といいます。中でも強かったのが、すべての男子に選挙権を求める運動(普選運動)です。
1918年の米騒動をきっかけに、国民の意見を政治に生かそうとする動き(大正デモクラシー)が高まりました。
差別をなくし、権利を求める
平塚らいてうと女性の運動
そのころの女性は、選挙権がなく、政治の集会に参加することも法律で禁止されていました。
平塚らいてうは、1911年、女性だけで社をつくり、雑誌『青鞜』を出しました。最初の号で「元始、女性は実に太陽であった」と書き、女性が自分らしく生きることをうったえました。
1920年、らいてうは市川房枝らとをつくりました。議会に請願を重ね、1922年、女性が政治の集会に参加できるように法律を改めさせました。
全国水平社と差別をなくす運動
明治時代に身分の区別がなくされたあとも、江戸時代から差別されてきた人々への差別は続いていました。結婚や仕事などで、きびしい差別を受けていたのです。
1922年3月、差別に苦しんできた人々は、京都に集まって全国水平社をつくりました。自分たちの力で差別をなくそうとしたのです。
このとき出された水平社宣言は、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という言葉で結ばれています。差別をなくす取り組みは、今も続けられています。
地図を読みこんでいます…
地図は、指やマウスで動かしたり、+・−で拡大・縮小したりできます。印か、下の場所の名前をタップすると、説明が出ます。
- 富山県。米騒動の始まりとされる町の一つ。1918年7月、漁村の女性たちが、米の積み出しをやめて安く売るよう求めた。
- 京都府。1922年3月3日、全国水平社の創立大会が開かれた場所。いまはロームシアター京都になっていて、「全国水平社創立の地」の記念碑がある。
- 東京都。1925年7月から、東京放送局がここからラジオ放送を行った。いまはNHK放送博物館がある。
●緑は都や拠点です。印の位置はおおよそです。地図:地理院タイル(国土地理院)
平塚らいてうらは女性の地位を高める運動を、全国水平社は差別をなくす運動を進めました。
関東大震災
1923年9月1日の正午ごろ、関東地方を大きな地震がおそいました。これをといいます。昼ごはんのしたくで火を使う時間だったため、あちこちで火事が起こりました。

なくなった人や行方不明になった人は、約10万5千人にのぼりました。東京や横浜の町の多くが焼け、そのあと新しくつくり直されました。

1923年の関東大震災では、火事で大きな被害が出ました。東京や横浜の町は、新しくつくり直されました。
普通選挙法と治安維持法
25歳以上のすべての男子に選挙権
普選運動の高まりを受けて、1925年、普通選挙法ができました。税金の額による制限がなくなり、25歳以上のすべての男子が、衆議院議員のをもちました。
選挙権をもつ人は、約307万人(1920年)から約1,241万人(1928年)と、約4倍にふえました。1928年には、普通選挙法による初めての選挙が行われました。
- 1.1%1890年
- 2.2%1902年
- 5.5%1920年
- 20.0%1928年
- 48.7%1946年
1890年は直接国税15円以上、1902年は10円以上、1920年は3円以上をおさめた25歳以上の男子。1928年は普通選挙法による25歳以上のすべての男子。1946年からは20歳以上の男女。 出典:総務省 広報誌「総務省」2025年12月号「選挙のあゆみと今」

普通選挙法の「すべて」は、男子だけのことでした。女性が選挙権をもてたのは、第二次世界大戦が終わったあとの1945年です。
同じ年にできた治安維持法
同じ1925年、政府は治安維持法もつくりました。天皇を中心とする国のしくみや、財産を持つしくみを変えようとする運動を、取りしまる法律です。
1925年、普通選挙法で25歳以上のすべての男子が選挙権をもちました。同じ年に、社会運動を取りしまる治安維持法もつくられました。
年の流れでふり返る
- 1911年平塚らいてうらが『青鞜』を出す
- 1918年米騒動が起こる。原敬の政党内閣ができる
- 1920年新婦人協会ができる
- 1922年全国水平社ができる
- 1923年関東大震災が起こる
- 1925年ラジオ放送が始まる。普通選挙法・治安維持法ができる
中学ではここがくわしくなる
中学の歴史では、大正時代の政治の動きを、もう少しくわしく習います。
| 小学校 | 中学校で加わること | |
|---|---|---|
| 関東大震災 | 火事で大きな被害が出た | こわれたり焼けたりした家は約29万けん。「朝鮮人が暴動を起こす」といったまちがったうわさ(流言)が広まり、多くの朝鮮人や、中国人などが殺害された。今の防災でも、大切な教訓とされている |
| 政党内閣 | 原敬の内閣 | 原敬は立憲政友会の代表で、外務・陸軍・海軍以外の大臣をすべて政友会の人にした。爵位をもたない初めての首相で、「平民宰相」とよばれた |
| 普選運動 | 普通選挙法(1925年) | 議会には、男子の普通選挙を求める法案が何度も出されていた。成立は最初の提出から23年目だった。初めての普通選挙は1928年2月20日 |
| 女性の権利 | 新婦人協会 | 1919年の末に設立がよびかけられ、1920年に発会した。1922年に、女性が政治の集会に参加できるようになった。ただし政党に入ることは認められなかった |
この時代の人物




重要なところ
女性が選挙権をもったのは、1945年の法律の改正からです。
米のねだんが急に上がったことが原因です。
普通選挙法は選挙権を広げる法律、治安維持法は社会運動を取りしまる法律です。
教科書では、この単元名です
- 東京書籍:「世界に歩み出した日本」の授業「生活や社会の変化」
- 教育出版:「近代国家を目ざして」の授業「暮らしと社会の変化」
- 日本文教出版:「国力の充実をめざす日本と国際社会」の授業「よりよく生きる権利を求めて」
学習指導要領(平成29年告示)では
第6学年の内容(2)ア(コ):大日本帝国憲法の発布、日清・日露の戦争、条約改正、科学の発展から、日本の国力が充実し国際的な地位が上がったことを理解する。(学習指導要領コード 026321A000000)
たしかめ問題
1918年、米のねだんが急に上がり、富山県から全国に広がった騒ぎを何といいますか。
米騒動雑誌『青鞜』を出し、女性の地位を高める運動を進めた人はだれですか。
平塚らいてう1922年、差別をなくすために、差別に苦しんできた人々が京都でつくった団体を何といいますか。
全国水平社1923年9月1日に関東地方をおそい、火事で大きな被害が出た地震を何といいますか。
関東大震災1925年にできた、25歳以上のすべての男子に選挙権をあたえた法律を何といいますか。
普通選挙法普通選挙法と同じ1925年につくられた、社会運動を取りしまる法律を何といいますか。
治安維持法1925年に東京で始まり、ニュースや音楽を電波で家庭に届けるようになったものは何ですか。
ラジオ放送大正時代の都市では、会社につとめる人や、洋服を着る人がふえました。電車やバス、デパートができ、1925年にはラジオ放送も始まりました。いっぽう、1918年の米騒動をきっかけに、国民の意見を政治に生かそうとする動き(大正デモクラシー)が高まりました。平塚らいてうらは女性の地位を高める運動を、全国水平社は差別をなくす運動を進めました。こうした動きの中で、1925年に普通選挙法ができ、25歳以上のすべての男子が選挙権をもちました。ただし、女性の選挙権は認められず、同じ年には社会運動を取りしまる治安維持法もつくられました。
出典
- 福井県文書館 学校向けアーカイブズガイド「二度の世界大戦と日本 大正デモクラシーの時代」(都市のくらしの変化)
- 港区 報道資料「放送開始の地・港区 MINATO放送100年フェスを開催します」2025年3月(1925年3月22日の仮放送・放送記念日)
- 港区 芝地区の地域情報誌 69号(2024年11月)「放送開始100年」(芝浦の仮放送、7月12日から愛宕山、NHK放送博物館)
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」3-6 米騒動
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」3-8 平民宰相(原内閣)
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」3-9 普選運動
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」3-13 男子普通選挙法の成立と治安維持法
- 国立国会図書館「史料にみる日本の近代」3-14 第1回普通選挙
- 大崎市「広報おおさき」2025年3月号「吉野作造記念館開館30周年 大正デモクラシーの旗手 吉野作造」
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像」平塚らいてう(青鞜社・新婦人協会)
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像」市川房枝(新婦人協会の設立を1919年とする)
- 国立公文書館「女子政社並政談集会参加制限撤廃運動」(治安警察法第5条の改正)
- 京都府「府民だより」2023年9月号 人権(全国水平社と水平社宣言)
- 京都市「水平社宣言」チラシ(1922年3月3日、京都市公会堂での創立大会)
- 内閣府 防災情報「1923 関東大震災」第1編(災害教訓の継承に関する専門調査会報告書)
- 内閣府 防災情報「1923 関東大震災」第2編 第4章第2節 殺傷事件の発生
- 内閣府 防災情報「1923 関東大震災」第3編(帝都復興)
- 総務省 広報誌「総務省」2025年12月号「選挙のあゆみと今」(有権者数と全人口にしめる割合)
画像
- 絵はがき「焼失前 銀座通り/焼失後 銀座通り」大正12年(1923)ごろ 台東区立中央図書館蔵(台東区立図書館デジタルアーカイブ(CC BY 4.0))
- 絵はがき「大正十四年五月一日開店 東京銀座松屋呉服店」大正14年(1925) 台東区立中央図書館蔵(台東区立図書館デジタルアーカイブ(CC BY 4.0))
- 絵はがき「東京放送局愛宕山放送所」大正13年(1924)〜15年(1926)ごろ 台東区立中央図書館蔵(台東区立図書館デジタルアーカイブ(CC BY 4.0))
- 絵はがき「演奏室 東京放送局愛宕山放送所」大正13年(1924)〜15年(1926)ごろ 台東区立中央図書館蔵(台東区立図書館デジタルアーカイブ(CC BY 4.0))
- 大正震災焼跡写生図(54枚の内) 田代二見筆 大正12年(1923) 東京国立博物館蔵(ColBase(東京国立博物館))
- 第一回普通選挙ポスター(第16回衆議院議員総選挙ポスター) 名古屋市 昭和3年(1928)(京都府立京都学・歴彩館 歴史資料アーカイブ(CC BY))
- 平塚らいてう(年をとってからの写真)(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
- 市川房枝(年をとってからの写真)(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
- 吉野作造(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
- 原敬(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)