小6世界に歩み出した日本(小6社会)のプリント
小6 社会(小学6年生) / 12月ごろに習います
条約改正(陸奥宗光・小村寿太郎)、日清・日露戦争、産業の発展と足尾銅山、韓国併合、普通選挙法や全国水平社など、世界に歩み出した日本を学びます。2つの戦争に共通する原因を選ぶ問いや、産業発展のかげの問題を選ぶ問いがむずかしい4枚の内容。
教科書では東京書籍「世界に歩み出した日本」日本文教出版「国力の充実をめざす日本と国際社会」教育出版「近代国家を目ざして」
世界に歩み出した日本のまとめ
- 幕末に結んだ不平等条約を改めるため、陸奥宗光は1894年に領事裁判権をなくし、小村寿太郎は1911年に関税自主権を回復しました。
- 日清戦争(1894年)・日露戦争(1904年)をへて、日本の国際的な地位は高まりました。1910年には韓国を併合しました。
- 産業が発展する一方で、足尾銅山の鉱毒問題が起こりました。大正時代には、普通選挙法ができ(1925年)、平塚らいてうや全国水平社など、社会を変えようとする動きが広がりました。
例1
ノルマントン号事件で、船長が軽い罰ですんだのは、なぜですか。
- そのころの日本は、領事裁判権を外国に認めていました。
- 外国人の罪は、日本の法律ではなく、その国の領事が裁くことになっていました。
答え 領事裁判権があり、日本の法律で裁けなかったから。
例2
関税自主権がないと、日本にとって何が不利でしたか。
- 輸入品にかける税を、日本が自由に決められませんでした。
- 外国の安い品物が大量に入ってきて、日本の産業が育ちにくくなります。
答え 輸入品にかける税を自由に決められず、日本の産業が育ちにくい。
例3
日露戦争の講和条約に、反対する声が上がったのは、なぜですか。
- 日露戦争では、多くの人が戦死し、国民は重い税の負担にたえました。
- 講和条約では、ばいしょう金が得られませんでした。
答え 大きなぎせいと負担にたえたのに、ばいしょう金が得られなかったから。
先生へのメモ
条約改正(1894年・1911年)と戦争(1894年・1904年)の年を、年表で前後関係を確かめさせましょう。
世界に歩み出した日本のプリント(25枚)
はじめて使うなら 世界に歩み出した日本 きほん その1 から。見本を押すと、その場で大きな見本と印刷ボタンが開きます。
「れい」で考え方を確かめてから、1問ずつ取り組みます。(答えつき)
助けなしで、くり返し練習するためのプリントです。(答えつき)
単元のまとめとして、時間を決めて取り組みます。(答えつき)
地図や図表を読む、えらぶ、言葉を書き入れる、理由を書く、をまぜたプリントです。「ふつう」で言葉を覚えたあとに取り組みます。(答えつき)
むずかしい
むずかしい テスト
文字と枠を大きくして、問題数を減らしたプリントです。(答えつき)
単元の学習の最後に解く、最終テストです(100点・2枚組・めやす30分)。「きほん」「ふつう」「むずかしい」で学んだあとに、教科書やノートを見ないで、時間をはかって解きます。終わったら答えの版で丸つけをして、まちがえた所を見直しましょう。(答えつき)
見つかりませんでした。
この単元について(ねらい・つまずき・教え方・運営者の見方)
この単元のねらい
不平等条約の改正を目ざした日本が、日清・日露の戦争をへて国際的な地位を高めた一方で、産業の発展の陰の問題や、社会を変えようとする動きがあったことを説明できるようにします。
学ぶ内容
この単元では、明治の後半から大正の時代に、日本が世界の国々との関係を変えていく様子を学びます。最初の小単元「条約改正を目指して」では、幕末に結んだ不平等な条約を改める努力を取り上げます。外国人が日本で罪をおかしても日本の法律で裁けない領事裁判権があり、1886年のノルマントン号事件で、船長が軽い罰ですむという出来事が、国民の不満を高めました。外国人を招いた鹿鳴館での舞踏会も、条約改正のための工夫でした。外務大臣の陸奥宗光が1894年に領事裁判権をなくすことに成功し、小村寿太郎が1911年に、関税を自由に決める関税自主権を回復しました。 「発展していく日本」では、1901年に操業を始めた官営の八幡製鉄所など、産業の発展を学びます。一方で、足尾銅山の鉱毒が、栃木県と群馬県を流れる渡良瀬川の流域に大きな被害を与え、田中正造が取り組みました。北里柴三郎や野口英世など、医学の研究で活やくした人物も出てきます。 「中国やロシアと戦う」では、朝鮮をめぐって清と戦った1894年の日清戦争と、朝鮮や満州をめぐってロシアと戦った1904年の日露戦争を学びます。日清戦争の講和条約は下関条約で、日本は賠償金と台湾などを得ました。日露戦争では日本海海戦で東郷平八郎が活やくし、講和条約で樺太の南部などを得ましたが、賠償金が得られず、国民の不満が高まりました。「世界へ進出する日本」では、1910年の韓国併合と、1914年に始まった第一次世界大戦を取り上げます。 最後の「生活や社会の変化」では、1925年の普通選挙法や、差別をなくすために1922年につくられた全国水平社、女性の地位向上を求めた平塚らいてう、1923年の関東大震災、ラジオ放送の始まりなど、大正の社会の動きを学びます。
| 1858年 | 1886年 | 1894年 | 1911年 |
|---|---|---|---|
| 不平等な 条約を 結ぶ | ノルマントン号事件 | 領事裁判権を なくす(陸奥宗光) | 関税自主権を 回復(小村寿太郎) |
| 日清戦争 | 日露戦争 | |
|---|---|---|
| 始まった 年 | 1894年 | 1904年 |
| 相手 | 清(中国) | ロシア |
| 得た もの | 台湾・ばいしょう金 など | 樺太の 南部 など(ばいしょう金は なし) |
つまずきやすいところ
- 日清戦争(1894年・相手は清)と日露戦争(1904年・相手はロシア)の年や相手国を取りちがえることがあります。10年の間をあけて、日清が先、日露があとと並べます。
- 陸奥宗光と小村寿太郎の功績が混ざることがあります。陸奥は領事裁判権をなくし(1894年)、小村は関税自主権を回復しました(1911年)。
- 賠償金を得たのは日清戦争で、日露戦争では賠償金が得られず、国民の不満が高まりました。二つの戦争で得たものを並べて区別します。
- 産業が発展したことと、足尾銅山の鉱毒のような問題が起きたことを、別々の話にしてしまうことがあります。産業の発展と、その陰で起きた問題は、セットで整理します。
- 1925年の普通選挙法は、25才以上のすべての男子に選挙権を認めたものです。女性の選挙権はまだ認められていなかったことと合わせて確かめます。
教え方・声かけのコツ
- 条約改正は、1858年(不平等条約)→1886年(ノルマントン号事件)→1894年(領事裁判権)→1911年(関税自主権)と、年表を横に並べて書き出させます。
- 日清と日露は、表にして「いつ・だれと・何を得たか」を並べ、両方の違いを自分で見つけさせると、取りちがいが減ります。
- 田中正造や平塚らいてうなど、社会を変えようとした人物は、「何を訴えた人か」を一言で言えるように、カードにしておきます。
- 明治から大正の流れは、前の単元の「明治の国づくり」と地続きです。1889年の憲法、1890年の帝国議会とあわせて見ると、全体がつながります。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1890ごろ | 足尾銅山の 鉱毒で 田畑に ひがい |
| 1901 | 福岡県に 八幡製鉄所が できる |
| 1910 | 韓国併合 |
| 1914 | 第一次世界大戦が 始まる |
| 1922 | 全国水平社が つくられる |
| 1923 | 関東大震災が 起こる |
| 1925 | 普通選挙法が できる。東京で ラジオ放送が 始まる |
運営者の見方
この単元は、条約改正、産業の発展と鉱毒の問題、日清・日露戦争、世界への進出、大正の社会の変化と、テーマが五つに分かれ、年も人物も多い単元です。プリントは、きほん・ふつう・小テスト・個別配慮が各5枚、むずかしい2枚、むずかしいテスト2枚、単元テスト1回分(2枚組)です。 むずかしいプリントの1枚目は、日清戦争と日露戦争を表で比べて共通する原因をえらぶ問題、条約改正の年表を読み、領事裁判権をなくした外務大臣の名前や、条約改正がすべて実現した時期を答える問題、ノルマントン号事件を受けて国民が条約改正を求めた理由を考えて書く問題があります。2枚目は、明治・大正の人物とした事を結ぶ問題、産業の発展の陰で起きた問題をえらぶ問題、田中正造について考えて書く問題があります。むずかしいテストと単元テストでは、人物や言葉を書く・えらぶ問題に、年表や選挙権の割合のグラフを読む問題と、国民の不満や大正の社会の動きについて書く問題を組み合わせています。 解説の図は、条約改正のあゆみ、日清・日露戦争の比べ表、産業と社会の年表です。年表と比べ表を何度も見返せるようにして、戦争や条約を、原因と結果の流れで説明できるようにしてほしいと考えています。
よくある質問
Q. 不平等条約は、なぜ「不平等」なのですか。
A. 外国人が日本で罪をおかしても日本の法律で裁けない領事裁判権があり、また日本が外国の品物にかける税を自由に決められなかったからです。この二つが、1894年と1911年に改められました。
Q. 日清戦争と日露戦争の違いは何ですか。
A. 相手が違い、日清戦争は清(中国)、日露戦争はロシアです。得たものも違い、日清戦争では賠償金と台湾などを得ましたが、日露戦争では賠償金が得られませんでした。
Q. 韓国併合のような出来事は、どう教えればよいですか。
A. 1910年に日本が朝鮮半島を植民地としたことを、事実として伝えます。教科書では、この時期の日本の行動が相手の国の人々にとってどんな意味をもったかも、あわせて考えるよう取り上げられることがあります。
教科書の単元名との対応
この単元のプリントは、次の教科書の単元で使えます(3社・3単元)。区切りは目安です。
型や条件を選んで、その場で新しい問題を作ることもできます(答えつき)。
その場で作るコースで使う(復習の日程を自動で作る)
① どちらのコースにしますか?
② コースの長さは?
③ 先生が使いますか? おうちで使いますか?
④ この順番で、1回に1枚ずつ使ってください
























